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2011年9月19日 (月)

夏の山脈 25

十時頃、そろそろ起きて着換えをし、夕食の支度でもして白木の帰りを待つかと陽一はベッドから起き上がった。寝室の隣のバスルームで顔を洗い、着換えをして、台所へ行った。電気ポットの湯沸しがあったが使い方が判らず壊しては悪いので、手鍋に水を入れてレンジで沸かした。

食堂に行きテレビのスイッチを入れる。ほとんどが英語の番組だ。ひとつだけフランス語の番組があった。それを見ていると家の裏で車が停まる音がした。やがて口笛がかすかに聞こえ、誰かがキッチン脇の通路を進んで来る気配がする。白木か! 陽一がキッチンへ移動したのと、ドアが開き、白木の顔が覗いたのと同じタイミングだった。

 「おお、久しぶりやな」

白木は上がり框へ黒い大きな革カバンをどすんと置き、手を差し出した。白木の顔は褐色に日焼けし目尻に皺が増えている。陽一は白い歯を出し笑っている白木の手を握り返した。白髪が増えたようだ。髪型は昔と変わっていない。昔から俳優のチャールス・ブロンソンに似ていたが日焼けして目尻に皺が寄った顔はますます似て見えた。

白木の顔から再会を心から喜んでるのが分かった。

それが白木との十七年振りの再会だった。あっけない……と陽一には思えた。

「腹減った? すぐそこのケンタッキーフライドチキンへでも食いに行こか? 本場のフライド・チキン食べて見るか? それとも家でうどんでも作ろか? 」

こんな夜中にのこのこ出かけて行くのも面倒な気がして陽一は家で食おうと言った。

白木は大きな鍋に水を注ぎレンジに掛け、小鍋に醬油と砂糖を入れて火に掛け、冷蔵庫から油揚げを出し、ふたつに切って入れ……そういった動作をいかにも慣れた手つきで素早く的確にやった。それが、この何十年かの間に白木の身に起こった最大の変化のように陽一には見え、白木の動きに眼を見張った。敏捷で的確。アメリカとカナダでの十何年間の生活の必要が白木をそんな風に変えたのかもしれなかった。いや、もともと白木には、そうした日常生活の細々した事、身辺を綺麗にしておく傾向はあった。青春期のあの時期だけ、内面に眼を向ける事に捉われてものぐさに見えただけなのだ。

最初、白木の家に入った時、陽一は、家の中がきちんと整頓され、掃除が隅々までゆきとどいている様子に驚いた。昔の白木の下宿からは想像もつかない清潔さだった。

家を売りに出している関係上、買い手の印象を良くするために整頓してあるのだろうとも思った。だが、いま、陽一の眼の前でハワイからの旅の疲れも厭わず、テキパキと、ものを出しては使い、また元の場所へ戻す。
包丁の使い方ひとつ見ても、その動作の素早さ。迷うことのない的確さに陽一は眼を見張った。

ものぐさなど入り込む余地のない各瞬間の意志的な動作を見ていると、散らかしっぱなし、出しっぱなしだった昔の生活は、きっぱり止めようと、ある日決然と心に決め、炊事から掃除、洗濯までの日常的作業をやりだした。

二度目の離婚で、独り暮らしを余儀なくされ、自然そうなったのだろう。気の合わない
奥さんと妥協しながら暮らすより、別れた翌日から、なんでも独りでやる決心をした。そうとしか推定しようがない、何か意志的な力がひとつひとつの動作に潜んでいるように感じられた。

白木が調理したうどんが出来た。テーブルに箸、調味料を並べ、夜食が始まった。

(つづく)

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2011年8月22日 (月)

夏の山脈 24

白木は麗子さんの後を追い人通りの少ない街角で声を掛け、僕は君の事好きなんですけど恋人として付き合ってくれませんかと言った。麗子さんは驚いた様子だったが美しい笑顔を向けお友達としてならお付き合いしても良いけどいきなり恋人としてお付き合いするなんてお約束できませんわと答えた。それからも白木は放課後や週末ごとに麗子さんに交際を求め関係を深めようとした様子だった。

ある日、陽一と和雄がバスケの部室で二人きりになると、白木が「麗子さんとの事ダメになりそうや」と洩らした。白木は麗子さんの家に遊びに行くようにまでなっていたが、ある日、麗子さんの父親が出て来て、白木の身の上について色々訊き、将来どういった職業を目指しているのか? そして、ついに「国籍は韓国なんですか?」と突っこんできた。白木は恋人の麗子さんに隠し事があってはならないと思い彼女には正直に話していた。
「日本では韓国の人は一流企業に入って出世が出来ませんからねえ。芸能界かスポーツか水商売か、そういった世界で成功する人も居るが、生活に保障がないよね、あの世界は。麗子には向かないと思うんですよ。画家か建築家かデザイナーですって? 苦労するだろうね。よっぽど才能に恵まれてれば別だが、世間に認められるまでは大変な苦労ですよ。お金のある人は別ですよ。御存知と思うが麗子はいちど病気したことのある弱い身体をしています。芸術家の生活を支えてゆけるような女じゃありません。私や家内は、堅実な銀行員とか国家公務員とかを志望する男性を望んでるんです。この気持ちは麗子も充分わかってくれている筈ですよ」

表面の言葉つきは丁寧だったが父親は言外に社交的なつきあいなら結構だが、将来の結婚など論外だし、娘の将来に疵がつくような関係に発展してもらっては困るとクギを刺したんだと白木は言った。白木はいつも男女の愛とは全的なものだし恋する相手とは肉の関係にまで行くべきだと主張していた。

陽一には恋をしている白木の気持ちが痛いほどに解ったがどうしようもない事なのだ。白木はとうとう「お友達」としてだけの付き合いに我慢できず、「好きやゆうて抱こうとした。ほしたら手エで突きのけられて、こんなことするんやったら今後お付き合いできません。もう後を追っかけててくるのもやめてください、言うんや。ほして、私には許婚者がいるんです、いいよるねんや」という結果を招いてしまったのだった。

麗子さんの側に白木に対する感情と欲望が生まれない限り白木の望むように全的に愛し合う関係にはなり得なかった。
国籍が違うということが原因にあったかもしれない。だが白木があんなにも性急に麗子さんを抱こうとしなければ、すくなくともお友達としては付き合い続けることが出来た。白木の激しい感情は、そうした大人の、胸に恋情を秘めながら、互いの社会的立場を傷つけぬ程度に交際を続ける男女の社交性を欺瞞と見るのだった。欺瞞を続けるくらいならひと思いにぶつかって砕けたい。全か無かの激しい衝動に白木は突き動かされたに違いなかった。

(つづく)

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2011年8月18日 (木)

夏の山脈 23

頭の帽子をパッとわしづかみにするや、腕を前に突き出しては空気を手で搔くように引き形の良い尻を突き出して走る、例のあの走り方で和雄は小西さんを追って行った。そうだ、あの時、和雄は学校帰りの小西さんと同じバスに乗り、同じ停留所で降りて、人通りの少なくなった歩道で追いついて恋を打ち明けたのだった。

 「『お友達としてならおつき合いしてもいいけど、恋人にはなれません』言われた」和雄はそう言って仰向けに寝がえりをうってから胸に手を組み何事かを耐えているかの様にじっと眼をつぶっていた。眉間に縦皺が寄っていた。

 「オレはなあ~」しばらくして和雄が言った。

 「日本人やないんや。日本で生まれたけど国籍は韓国なんや。張いうて、もひとつ韓国名があるんや」

日本に戦前、強制的に連れてこられた韓国人達がいるという事を陽一は何かで読んでいた。小松川女高生殺人事件というのが、陽一が高校に入りたての頃あった。在日朝鮮人で夜間部へ通う高校生が小松川高校の女生徒を強姦し殺害した事件だった。まだ未成年で死刑の適用をするかが議論されたが、結局特例で死刑を宣告され、助命運動の甲斐無く処刑された。その事件は高校生の陽一に強烈な印象を与え、処刑された李珍宇という韓国人の高校生と、獄中の彼を何度も訪れ、文通を続けた女性との往復書簡集を買って読んだ。

和雄の両親がどのようにして日本へ来たのか立ち入った事を陽一は訊ねなかったが、数日して和雄は青いパスポートを見せてくれた。和雄の写真の下に張慶良と朝鮮名が書いてあった。陽一は重い気持ちでそれを受け取って眺めた。

 「日本に帰化するいうても難しゅうてできんのよ」白木が言った。

陽一はその時、日本で生まれ、日本の姓名を持ち、日本の小学校、中学、高校と進み、常日頃、自分とこうして共に汗を流してボールを追う白木が、違う国籍を持ち、日本国籍を申請しても許可されないという事が、なにか信じ難く、途轍もなく不条理な気がした。

  (つづく)

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