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2008年5月15日 (木)

試練の始まり

請求書は見積書とビタ一文違わない金額でした。これが、良心的で信頼のおける親方の評判を得ている所以だろうと了解しました。

家内が言うには、この親方はコンパニオンなのだと。門外漢の外国人には解りにくいですが、フランス人には、この一言ですべてを表わすような意味深い言葉のように聞こえました。昔勤めていた会社が建設業だったこともあって、この言葉を耳にしたこともあり、関係機関を訪れたこともありました。

コンパニオン・デ・ドウヴォワールという組織がフランスにあります。主に建設分野の教育・研修機関で、全国の企業から徴収する研修税を財源に、若者に技術と職業倫理の教育を施しています。その基本精神は、中世の石工の同業組合、フラン・マッソン、つまりフリーメイソンに起源を発しているといわれています。最初にできた本部はロンドンで、正規派と呼ばれ、パリの本部(グラン・ロッジュ)は非正規派と呼ばれ別名フランス大東社(Grand Orient de France )とも呼ばれますが、今日でも隠然たる影響力を政界に及ぼしている。フランス大革命に主導的な働きをなし(処刑された会員も多いらしいですが)、1789年の人権宣言の表紙にはシンボルマークの眼が見開いている。アメリカの1ドル紙幣にある「万物を見通す目」です。NYの自由の女神像はフランス系フリーメイソンの贈り物だという。モーツアルトが会員だったというし、アメリカの歴代大統領の14人が会員です。

すこし飛躍しました。フランスの建設業界では今日なお、この伝統的な教育システムで腕を磨き職を身に付けた人が多い。飛躍ついでにいうと、建設業はフランスの外貨の稼ぎ頭です。昔からの名門ゼネコンに加えて、ブイグやヴィンチなどが中東や中国で活躍しています。

中世からの徒弟制度の色合いを多分に残した教育制度。親方を中心に弟子が寝食を共にして修行する。現代工業化社会にこうした人間的な一人一人の個性を重んじる教育制度が残っている。魅力的で大いに興味を惹かれました。最近の若い人は嫌がって大企業の現代的な組織を好む。しかし、現代工業化社会とはT型フォードの流れ作業生産方式に始まって、すべてを規格化し、どの部品も置き換え可能なシステムを意味します。

ちょうど、フランスでは、今年がパリ五月革命の40周年にあたり、テレビで特集をやっていますが、僕が日本で学生だった頃は、学校が規格品人間を大量生産する工場に成り果てたことへの抗議と反抗が爆発し、バリケードやゲバルトが荒れ狂った時代でした。

コンパニオンでは全国の優秀な親方を訪ねて地方巡業をする。卒業制作を発表し、一人前の腕を認められると職人として全国に通用する。パリ市庁舎の裏にコンパニオンの本部があり、南西郊外のヴァレ・ド・シュヴルイユには緑に囲まれた広大な敷地にクーベルタン財団のアトリエがあります。ここでロダンや、パリのオペラ座を飾るブロンズ像を鋳造したとのことでした。とにかく、その教育・研修の施設と組織はすばらしいと感じました。

コンパニオンとフラン・マッソンについて、見聞きしていたのはその程度のことですが、屋根職人の親方がコンパニオンと聞いて、おおいに興味が沸きました。瓦屋根で待たされたにかかわらず、も少し技術を要するスレート屋根の葺き替え工事も同じ親方に頼んでみようと決めた次第でした。

Chantier

工事の見積りが届いたのは、瓦屋根の工事が終わって間もなくのことでしたから2006年の1月の中旬でした。「予算がこれしかないので、この金額に収まるよう見積ってください。」すこし恥ずかしくもあり、小声でいうのを親方は無言で聴いていました。その依頼通りの金額で見積りが届きました。しかも、アンジェ産でないとはいえ、スペイン産の天然スレートを使っての値段です。文句なしにOKのサインをして送り返しました。

しかし、それは試練の始まりでした。パパーンパーン。モーツアルトの魔笛の序曲で3度音が鳴り響きます。フリーメイソンの入所式の試練の合図だという説があります。発注から1年と2か月が経過しても、いっこうに連絡がありません。雨が降るたびに、試練が降りかかりました。雷が三つ鳴る。さあ、たいへん。雨漏りがはじまる。屋根裏に空き缶、バケツ、ポリ容器と、ありとあらゆるウツワを並べ、風向きによる漏水箇所の微妙な変化に合わせ容器を移動しなければならない。大雨の日には容器に溜まった水を集めると、3杯も4杯ものバケツの水を降ろさねばなりませんでした。ついには家の部屋の壁に雨水が浸入し、まっ白くきれいな壁が茶色に変色し、シャンピニオンが生えだす始末です。

「なんで、こんな辛い思いをしなけりゃならないのか?」コンパニオンに信頼を寄せたばかりに、こんな試練を享けねばならない。「信頼をいいことに、どこまでつけあがるつもりなのか?」怒りが込み上げ、なんども家内と言い争いをしました。うちひしがれ、しまいには、なるようになれと投げやりになりながら、それでもいつかは来てくれる筈だと、難破船の甲板で塩水に打たれながら救助を待つ難民のように、一縷の望みに希望を掛け待ち続けたのでした。

ここで取り上げているのはフランスはヨンヌ県の叢林亭の工事です。詳しくはサイト:

http://www.sorintei.com をご覧ください。

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