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2008年5月12日 (月)

時間について

前回は長さの単位について書きました。重量の単位のキログラムはいまだに現物を原器としています。キログラム原器もフランスにあり、日本の筑波にある複製はほんの少しだけ重さが違うらしい。指紋の重さに相当するコンマNミリグラムの誤差があるとのことです。

Peche1
パイプの径やネジ山の他にフランスでポンドを使うのが魚釣りで使う魚の重量です。

釣りの雑誌によく、怪物みたいに大きな鯉だのブロッシェ(川カマス)だのを両腕に抱え満足げな顔のオジサンや少年の写真が載っていますが、釣り上げた魚の重量の表示がリーヴルなのです。ポンドのフランス訳でしょうか。それとも昔の単位を使っているのか?


「マチュー君は奮闘1時間の末、20リーヴルの鯉を釣り上げ、ロワレ県の新記録を達成した。」つまり10キロの鯉なわけです。鱒釣りのフライなど技巧を尊ぶ英国から入ってきたフィッシングの分野ならわかりますが、太いミミズや小魚を餌に釣りあげたブロッシェやペルシュまでもリーヴルで表示するのがおもしろい。

科学研究と違い日常生活での度量衡はおおよその距離や重量がわかれば事足りるので、多少の誤差で騒ぎ立てる必要もないわけですが、話の糸口として、単位を持ち出したので、これから数回に渡り、家の工事とフランスの工場での体験を、お話したいと思います。多分に飛躍に満ちた論法となりますがご容赦願います。

時間について少し。不勉強の僕は世界中で使われ僕らの日常を支配している時間がどうやって定められたのか知識がありません。ここで言う時間は、物理的時間よりむしろ、主観的な時間。内的時間と言ったら良いのか、下世話に言う腹時計のことです。

長年フランスで暮らしてみて、最近はもう、慣れてしまいましたが、初めのころは、いったい、フランス人なるものは、時間の観念を持ってるのだろうか?とよく疑わされました。人を待たせることが平気。約束に遅れても屁とも思わない。例外的な人が居ないことはないが大半のフランス人は他人のために決して急ごうとしない。

いったい、この人たちは、他の国の人々と同じ時間の単位を使ってるのだろうか?だいいち腕時計を身につけて出歩く人が圧倒的に少ない。社会が押し付ける物理的時間にいやいや従ってることが明白です。彼らが本当に従う時間は、自らの内的な時間なのだな、と感じさせられました。幸福とか生甲斐についての表現に、生の流れの赴くままにとか、内的時間の主体的な動きに従う生き方への憧れを見てとることができます。

これから少しビジネスに関わる話をしてゆきます。品質、価格、納期と競争力の三大要素のうち、フランス人には特に納期の観念が欠けていると言わざるを得ないからです。ただ、かくいう僕は、郷に入れば郷に従え。この国で自分一人急いだって仕方がない。今までさんざんひどい目に会った末に、彼らのような生き方ができれば、確かに幸福だろうなと思うようになっています。


http://www.sorintei.com

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