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2008年6月に作成された投稿

2008年6月22日 (日)

音楽の日

投稿者「叢林亭」: http://www.sorintei.com

6月21日は夏至。やっと夏が感じられる一日でした。日陰で30℃、ひなたで35℃でした。

この日は20数回目の音楽の日でもあります。大都市でも田舎の町や村でも、フランスの至る所で、クラシック、ポップス、ジャズ、民謡とあらゆる音楽を室内でも野外でも楽しむ日です。

Fanfare1

サンファルジョーは人口が

3000人に満たない小さな町。

ブラスバンドも中年が少なく

こじんまりしています。


しかし、この町にも市役所に音楽教室があって誰でも無料で楽器やダンスを学べます。


Fetemusique1

今年はヨンヌ県後援の自転車ロードレースを組み合わせました。

表彰式で演奏するブラスバンド。 

Podiumvelo1

ロードレース優勝者の表彰式。市長と県議会議長さんの手からさまざまな色のTシャツが贈られます。

Ballonenair1

子どもたちは名札をつけた風船を青空に放ち、見知らぬ人々との通信を試みます。

Musette4

シャトーの前の広場で愛想をふりまく帝政時代の衣装を着た3人。


サン・ファルジョーの町について詳しくは http://www.sorintei.com をご覧ください。


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2008年6月12日 (木)

お奨めリンク集

ようやく夏らしくなりました。
バナーの写真をバラに変えました。
今日は、おすすめブログとサイトのご紹介をさせて頂きます。
このブログとWeb site : www.sorintei.com が出来たのも、次の方々のご助力のお陰です。

1) 手作りお菓子のレシピに創意工夫のセンス溢れるMme Soleil の人気ブログ。
  レシピのほかに書評をいつも読ませて頂いています。
http://bonappetit.exblog.jp

2) フランス語で日本の庭園、植物の紹介を続けている準植物学者ソフィーのサイトとブログ。
  日本語はもちろん読み書きできます。前回は60種もの桜を紹介。脱帽です。コメントをあげて下さい。
  http://jardinsbotaniquesjaponais.blogspot.com
http://www.jardinsbotaniquesjaponais.fr

3) 奈良の東大寺の脇でプチ・ホテルを20 年以上経営しているベテランご夫婦の気品溢れるサイト。
  ブログは奈良に住む人でなければ書けない旬のオリジナルな情報の宝庫です。
  http://www.naraclub.com
http://naraclub.blogspot.com

4) 日本の主要都市とニューヨークでも開かれるシルクフラワーを使ったオブジェの創作教室の美しいサイト。
  http://www.inseason-ny.com

5) 世界遺産フォントネー僧院の入り口の町モンバールで生活体験しながらフランス語の個人教授。クローデインヌのサイト: http://http://www.lefrancaischezclaudine.com/

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2008年6月10日 (火)

記憶の中の家

投稿者「叢林亭」: http://www.sorintei.com

6月7日の土曜のことでした。買い物に出かけようと門を開け、車の向きを変えていると猫背の老人が傘をさし夢遊病者のような仕草で家の中を覗き込んでいるではありませんか。「また道に迷った老人か・・・。」と一瞬憂鬱になりかけました。というのも時々アルツハイマーかと思われる年寄りに訳のわからないことを言われからみつかれることがあったからです。

さいわい戸締りを終えた家内が降りて来たのを見て老人は庭の中によろよろと入り込んできました。家内をつかまえ興奮ぎみの口調で何か話しています。ウインドウを下すと「ワシはむかしここに住んでたのじゃ・・・。」という言葉が耳に飛び込んできました。

奥さんと見られる夫人も現れ迷惑になるからと連れ戻そうとしました。世にも稀な人の偶然の訪れに僕も家内も興味をそそられてどうぞと二人を家に招き入れました。

「ここには昔三本の杉の木があった。なくなってるな。」一本だけ残っている木を指すと「この木はずっと小さかった。木の幹に小屋をこしらえて近所の子供も来て一緒に遊んだものじゃ。」二本の杉の木は前の家主の若い夫婦が傾斜地だった庭にブルドーザーを入れ二段の庭に改造したとき引き抜いてしまったのでした。

Mpetitgens1copy 付属の小屋を見て「ここにはワシの叔母が住んどった。」と言います。家内は今は物置に使っている小屋を恥ずかしそうに見せ、掃除したとき出てきた1863年の日付のある手紙の話をしました。

「ワシはここに寝とったんじゃ。ここにおもちゃ箱が置いてあった。」玄関を入ってすぐ老人は傘で差しながら叫ぶように言いました。興奮が高まった瞬間です。

「このドアはむかしのままだ。ここは食堂だった。」こんどは書斎に使っている部屋を覗いて言いました。

「この壁のところにドアがあって台所とつながっていた。」そのドアは塞いでいまは食器棚になっています。

「ワシはこの家に三歳から十七歳まで暮らした。ワシのオヤジはサボを作る器械をMpetitgen3copy 発明したんじゃ。それであの小屋で木靴を作っていた。」庭に隣接したトタン屋根の小屋のような家のことらしい。

「ルルーさんがオヤジの友達でな。大家だったがトッシーに住んでいた。ワシはオルムソン公爵夫人が開いたカトリックの自由学校に通った。」

老人は名前をフランソワ・プテイ・ジャンといい、現在はボルドーの近郊に住んでいることがわかりました。週末に息子の運転する車で昔懐かしい家の記憶を確かめに来たのでした。息子夫婦を待たせてあるからと言って夫人は一旦姿を消し、戻ってくるとまだ興奮気味にいろいろ話を続けたがる老人を迷惑になるから帰りましょうと引き立てるように出てゆきました。門のところには息子夫婦が待っていて、われわれ夫婦も挨拶を交わし、住所と電話番号を交換しました。

今年の正月に一週間だけ東京に帰郷した折に、僕も青春時代を過ごした新宿区西大久保の町を見に行きました。33年ぶりのことでした。昔住んでいた家は既に無く、周辺は面影すらも残らず完全に変貌していました。兄夫婦が一緒に歩いてくれなければ昔家があった場所さえ見分けられなかったでしょう。僅かに原形を留めていると認められたのは金網で囲まれてしまった裏の公園の砂場と小学校の周りだけでした。

Mpetitgen4copy 僕が住んでいた家も町も今は記憶の中にしか存在しません。プテイ・ジャンさんがこの家に住んだのは3歳 から17歳までで現在83歳ということですから今から80年から 66年昔ということになります。

家というのは、そこで寝食をするほかに喜怒哀楽の感情とともに生活する場所です。とりわけ思春期は感情の起伏が激しく、悩んだり不安や希望を抱いたりします。

プテイ・ジャンさんは家のあちこちを見ながら遠い記憶を探っているようでした。住まいは細部に至るまで感情と記憶の襞に刻み込まれ人間の生と密接な関係を持っています。

プテイ・ジャンさんは「すっかり変ってしまった。」と溜息のようなつぶやきを漏らして帰ってゆきましたが、僕はその背中に向ってひとりごちました。「ぼくの住んでいた日本の家とその周辺の変わりように比べれば、フランスは変りかたがゆっくりですよ・・・」と。

この記事はゲストハウス「叢林亭」に関するものです。http://www.sorintei.com

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