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2009年7月 6日 (月)

アーサー王伝説-その5

投稿者:そうりん亭ジャーナル「りゅーらる」:http://www.sorintei.com

アーサーは、臣従する騎士たちの協力を得て団結して外敵を追い払い国土に平和が齎された時、自らの発案で「円卓の騎士団」を作る。円卓は上座下座が無く全員が平等の位置につき国事を審議する。アーサーの家臣を重んじそれぞれが対等で議論を尽くして欲しいという意思の表れである。

Tableronde_2 騎士たちが丸く座った「円卓」が実在する。英国のウンチェスター城の大広間の壁に掛けられている。直径5.5m の大きなテーブルで、樫材で作られ13世紀(1250〜1280年の間)に作られたと鑑定されている。

中心部に紋章化された5弁の赤バラと不思議なことに赤バラに重なって白バラが描かれている。英国では周知のとおり赤バラは大貴族ランカスター家の紋章で、白バラはヨーク家の紋章。王位継承をめぐる「ばら戦争」は1455年から1485年の30年間続いた。
ランカスター家のヘンリー7世とヨーク家のエリザベスの結婚により両家の戦いが終わり、ここに示されるように赤バラと白バラが合体した。

円卓は全体が25の放射状に区切られ、交互に緑とベージュに塗られている。上部の区切りの部分に王冠を頂いた王の肖像が描かれ、あとの24の区切りの円周部には、それぞれ円卓の騎士の名前が記されている。

一番目に王国に破滅をもたらすモルドレッドが記されているのはどういうわけだろう?間を省略して8番目にアーサーの乳兄弟で国務長官のケイ。11番目にランスロットの従兄にあたるボールス・ド・ガニス Bors de Ganys。18番目にアーサーの甥のガウェイン。19番目のトリスタンは Tristram Lyens と書かれている。21番目はペルスバルだが Percyvale と書かれている。23番目のランスロットは Lancelot due Lake。そして24番目、アーサー王の左手に座すのはランスロットの息子のガラハットGalahalltだ。

簡潔を期すためにこのブログでは書かなかったが、聖杯の騎士とされているのはペルスバルのほかにガラハットとボールスの三人なのだ。13世紀の作者不詳「ランスロ聖杯物語」では、この三人のうち聖杯の神秘を見たガラハットは恍惚のうちに死んでしまい、ボールスがアーサーの宮殿に報告をもたらす。

この円卓はヘンリー8世の治世の初期、神聖ローマ皇帝カルロス1世(カール5Charlesq2世) 来訪の折、塗りなおされたとされている。紅白のバラが15世紀の「ばら戦争」の終結を示すとすれば、円卓が作られてから250年以上後に描き加えられたと推定できる。

ンチェスター城 とアーサー王伝説のかかわりは深い。というのも、クレテイアン・ド・トロワ以降のこの伝説の文書として残り、しかもアーサー王伝説の集大成ともいうべきトマス・マロリーの「アーサー王の死」の写本が1934年にンチェスターで発見されているからである。

トマス・マロリーはウェールズ出身の騎士で1470年に「アーサー王の死」を書いた。散文ロマンスのこの大作はイギリス最初の出版業者ウイリアム・キャクストンの手で印刷本にされヨーロッパ各地で広く読まれた。

1934年に発見された写本はより原典に近いとされンチェスター本と呼ばれている。

日本では、筑摩書房から2004年から2007年にかけてウイリアム・キャクストン版全5巻が井村君江訳で出版された。トマス・マロリーの「アーサー王の死」ウイリアム・キャクストン版の初の完訳である。

そしてより原典に近いとされるンチェスター写本の完訳も出版の年は定かでないが、最近になって青山社から上下2巻で出た。「完訳アーサー王物語」とタイトルされ、中島邦夫、小川睦子、遠藤幸子の訳。ISBN 4915865622

映画では人間の心理は顔の表情や動作、行動で表すしかないが、騎士道物語がわれわれ日本人にとっても興味深いのは「髷物(まげもの)」のちゃんばらが面白いのはもちろんとして、主に対して臣従を誓う家臣たちの心理が興味深い。

Excali アーサー王伝説でも若いアーサーがどのように王権を確立し諸侯の信頼と臣従を獲得しえたかが語られる。ひとつはエクスカリバーという聖なる剣によって。さらにメルランという魔術師に助けられながらではあるが、アーサー自身が王に相応しい英知と深慮、部下と民衆への仁愛の持ち主だったことが強調される。

出生と同時にアーサーは約束によりメルランの手に渡り、メルランは養父としてエクトールに預ける。エクトールには実の息子のケイが居る。アーサーは出生の秘密を知らぬまま成長する。

映画では村祭りに馬上試合をするため諸侯が集まり、エクトールとケイも試合に出場しにやってくる。アーサーは単にふたりのお付き、「お馬番」でしかない。ケイの出場寸前に剣が盗まれてしまう。早く探して来いと養父に言われアーサーはケイの剣を探すが盗人はどこかへ隠れ見つからない。

その時、アーサーは一本の立派な剣が岩に突き立っているのを見つける。手をかけExcali3 てみるとなんなく抜けてしまうのだ。アーサーを探しに来たケイは父親に、自分が抜いたと嘘をつくが、エクトールは事情を察し、もういちど剣を岩に戻してやってみろと命じる。

その頃になるとエクスカリバーを抜いた奴がいると噂がひろまり、大勢が岩の周りに集まってくる。あんな若造が抜いたんなら俺だってと力に自信のある者が次々に試すが誰も抜けない。アーサーはふたたびなんなく抜いてしまう。「王様の誕生だ!!」人々は叫びかわす。

エクスカリバーには「この剣を抜くものこそが真の王位継承者である」と明記されている。エクトールはアーサーに「おまえはイングランドの王ペンドラゴンとイグレーヌのあいだに生れた子だ」と出生の秘密を明かす。

諸侯たちは、「あんなお馬番の若造に臣従ができるか」とか、事情通の者は「あいつは不義の子だ」と反発し王位継承者と認めようとしない。とりわけアーサーの異父姉をそれぞれ妃にもつオークニーとノルガリス侯は他の諸侯を引き連れアーサーに反旗を翻す。

アーサーを素直に国王と認めたのは弱小国のカメリアードと貧しい民衆だけである。アーサーはメルランの助けを借りて隣国カメリアードの危機を救い、その娘グウイネヴィア姫を娶る。

Chevalier1 オークニーとノルガリス侯に率いられた反アーサー軍とアーサー軍全軍が戦場で対峙している。総攻撃になれば双方に多大な死傷者が出るのは必定である。その時、アーサーはエクスカリバーを抜き単身で敵陣へ進み、ノルガリスに向かいエクスカリバーを差出し「私はこの王の印としての剣を授かったが貴公がどうしても臣従しないというならば、この剣で私の首を刎ねるがよい」と首を差し出す。

言われた侯はエクスカリバーを受け取るや、すわ敵将の首をと振りかざすが、その時、異様な力を感じて剣を振り下ろせない。聖剣を実感した侯はアーサーの前に膝まづき、家臣として臣従を誓うのである。「戦争は避けられた!」両軍の兵士全員が歓喜に躍り上がって喜ぶ。

その後、いくつもの試練があり外敵をすべて追い払い、王国に平和が訪れた、その機を逃さず、アーサーは円卓の騎士団の結成を宣言する。「真理と友愛に基づいた王国の建設」。円卓には上座下座の区別がない。円卓を囲んで座る騎士の全員が対等で国事に審議を尽くすというアーサーの理想主義の表現だった。

このように、国王の権威を認めさせる「物」としての剣が重要な役割を果たしている。

ところで日本の熱田神宮にご神体として奉齎されている三種の神器のひとつ「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」は須佐之男命が大蛇を退治たときに、尻尾から出てきたとされ、後に「倭建命(やまとたけるのみこと)」に渡され野火に囲まれた命がこの剣で草を薙いだことから別名「草薙ぎの剣」とも呼ばれている。

アーサー王伝説と「やまとたける」の伝説を学術的に比較研究されている方もおられる。アーサー王伝説研究会日本支部も存在する。

国王の権威と「騎士が潜り抜け、乗り越えなければならない試練」について次回に書きたいと思います。(つづく)


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コメント

円卓の思想は好きですね。
さすが中世からこのような思想のあったことは敬意を表します。
騎士の戦いもまさに血湧き肉躍りますね。(*^_^*)

投稿: KOZOU | 2009年8月 4日 (火) 12時21分

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