« 博物館の所蔵品は誰のものか? | トップページ | ジャック・クールの生涯-その1 »

2009年10月12日 (月)

ジャック・クールの道

投稿者:「りゅーらる」そうりん亭ジャーナル:http:www.sorintei.com

Sgienchateau1 フランス第一の河川ロワールの川沿いにジアンという町がある。英国人が始めたこの町の陶器は最近は有名になり、ニューヨークの5番街にもショーウインドウを出したという。狩猟博物館になっているレンガ造りの長方形の城が高台からロワール河を見下している。

十数年前、この町の外れに日本の資生堂が工場を建てた。化粧品大国フランスへの大胆な進出だ。

このジアンに発して、ベリイ地方、シェール県の首府ブルジュを通り、キュランという町まで、途中16のシャトーを結ぶ道をジャック・クールの道と人々は呼んでいる。

フランスのルネッサンス期15世紀に一介の町人から大富豪、貴族へ、さらに大蔵卿Jq1 でなりながらそのあまりの豊かさの為に周囲から嫉妬を買い裁判で有罪宣告を受け、投獄、脱獄、亡命生活の晩年を送り、最後はエーゲ海のキオス島で寂しく没したジャック・クールにちなんで命名された。

地中海貿易で富を築いたジャック・クールは最盛期20以上のシャトーを所有していた。パリに二つ。サンセール、モンペリエ、リヨン、そして筆者が住むこのサンファルジョーのシャトーもジャック・クールが所有していた。

フランスに在ったジャック・クールの全ての城は断罪とともに没収された。驚くことに、このサンファルジョーのシャトーはジャック・クールに有罪を言い渡した裁判官、アントワンヌ・ド・シャバンヌその人が手に入れたのだった。

今日から数回に分けて、この近世の曙の時代を象徴するかのような大商人ジャック・クールの生涯について記事をお届けしたいと思います。

まず、ベリイ地方について。フランスのほぼ中央部に位置し、現在も農業と牧畜が主要産業の田園地帯。

日本では、ショパンの恋人で有名な19世紀のロマン派の女流作家G_sand ジョルジュ・サンドの故郷であり、彼女の館が今日文学館として開放されている。

美術では、「べりー公のとても豊かな日々」という題の非常に美しいミニチュア画が有名。

ベリイ地方、シェール県の県庁所在地ブルジュは、英仏百年戦争の時代、パリを逃げ出したフランス国王、シャルル7世が亡命政権を維持していた街。

Chrl72 この王様はジャンヌダルクに導かれてランスで戴冠式を挙げるまでは自分がフランスの正統な国王であるとの自覚がなかったダラシない国王だった。

Bourges_maison

ブルジュの町は今もこの時代の漆喰壁に木の柱が露出した古い民家が残ってい る。

Bourge_cat_jardin ブルジュのカテドラル(大聖堂)はユネスコ世界遺産指定の建築。

さて、この町の中心部にジャックークールの館が在る。

左右の翼を配したこの壮大な私邸は後期ゴシック建築の代表例とされ、至る所に施されたレリーフの装飾は商人として富を築いた主人の繊細な趣味を現している。Palais_de_j_coeur

中でも最も興味深いのは、その浴室で、50m2以上はあろう四囲を全て石で覆われた部屋にスチームが通り、温水、冷水の浴場もあり、ローマ風呂を個人の館に取り入れた技術に感心する。

だが、ジャッククールはこの館の完成とほぼ同時に断罪され、ここに住むことなく投獄された。

では、あす以降のこの悲劇の大商人の伝記をお楽しみに。

|

« 博物館の所蔵品は誰のものか? | トップページ | ジャック・クールの生涯-その1 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

こんにちわ。
日本は秋たけなわというところで今日もさわやかに晴れています。

ジャック・クール、全く知らなかったですね。
めのおさんの記事でとても興味を持ちました。
栄光から没落落差がとても激しいようですね。
続き楽しみにしております。
それにしても西欧の建築の息の長さに感心します。
漆喰壁に木、とてもいい感じで好きです。
そしてフランスはやはり聖堂はとても豪壮ですね。
かっての権力がしのばれます。

めのおさん、お騒がせしてすみません。
もう変えませんのでまたよろしくお願いいたします。

投稿: KOZOU | 2009年10月13日 (火) 10時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1025232/31757421

この記事へのトラックバック一覧です: ジャック・クールの道:

« 博物館の所蔵品は誰のものか? | トップページ | ジャック・クールの生涯-その1 »