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2010年5月に作成された投稿

2010年5月27日 (木)

ギリシャの財政危機 -その2:不労所得の夢

ギリシャの公務員の数は100万人。人口が1千万強なので10人に一人が公務員になる。

公務員は数々の特権を享受しているという。表向きの収入の2倍から3倍も収入が在るという説もある。休暇が多い上、ほとんどが勤務時間に遅刻してくる。遅刻せず出勤した者に手当てが付くというからあきれる。

勤勉で名高いドイツ人が、援助を渋るはずだ。20年我慢して刻苦精励して東西統一後の経済的困難を乗り越えたのに、こんなぐうたらばかりに易々と金出してやれるか。援助に反対していたエンゲラ・メルケル首相は、ユーロが崩壊してもいいのかと最後は脅しに押された形で同意したが、直後の選挙で重要な協力者2人を失ってしまった。

労働基準法に違反してまでも、責任感からか、残業し、規制を超えた時間を申告せずに働きぶりを見せる日本人の涙ぐましいまでの「働く」ことへの倫理観と比べると別世界の感じがする。

ギリシャの余波を受けて、フランスでも昨日政府が緊縮財政を打ちだした。役人、警察官、予審判事、裁判所、教員、看護士・・・等々の数を減らす政策は批判を受けながら着々と進められて来た。そのうえまたかと批判再燃。

行革の言葉ばかり横行し実態が伴わない日本はやはり役人天国だと思う。

既得権を失いたくないのはギリシャのお役人に限った事ではない。

働かなくても収入があり、リッチに暮らせたら・・・金利生活者の夢は、昔から人間の懶惰な心を誘惑して止まない。

MLMとかネットワークビジネスはこの金利生活者の夢が、実現するような言葉を誘い文句に使う。「権利収入」「不労所得」・・・。

一時的に、今、死に物狂いで働いておけば、将来働かず、ほったらかしで収入が入り続け、裕福な、余裕のある、悠々自適な生活が実現します。ほんとかもしれない。そういう身分になりたいなと夢に誘われる。

20世紀の初頭、ヨーロッパからアメリカに移民がぞくぞくと押し寄せたのも、アメリカには、自由があり、意志と能力とチャンスさえあれば富豪になれる夢に促されてのことだった。

そんなアメリカで生まれたMLMというビジネス・スタイルは、この人間の権利収入、金利生活、不労所得への夢をうまく利用している。非常に革命的なビジネス形態といえる。

かのマルクスでさえ、「働かなくても金が入ってくる社会」が実現するなどと言っていない。
「好きな時に、好きなだけ働いて応分の暮らしをする」と言っただけだった。にもかかわらず、搾取され続けていた労働者には、「天国が地上に実現」するかのような革命的な宣言として受け取られた。

Drkarlmarx

実際、革命政権が権力を握ると資本家よりさらに激しい搾取をされ、少しでも批判すれば強制収容所へ入れられてしまう。党官僚がのさばる体制を作ってしまった。

ギリシャのお役人たちは、共産党宣言の夢を先取りしてしたのか?ソ連も東欧の社会主義圏の国々も個人の自由が抑圧されていた社会を変えるために、もう一度革命をやった。

印税や著作権など権利収入で豊かに暮らせる人は、ごく一部に限られているだろう。それを目指して日々ビジネスに打ちこむには不労所得への欲望と執念がよほど強くなければなられない。

Michelange2

キリスト教の最後の審判でも、天国へ行ける人は、一握りに限られてる。「力を尽くして狭き門より入れ」と聖書も言ってるではないか。

作家や作曲家、歌手の方々も、本が売れない、不法ダウンロードが絶えずCDが売れないなど現実は甘くない。

MLMをやってる人の中には、1個数十万円もするソフトを不法ダウンロードして仲間に配り、人助けだと自慢する人もいる。

江戸時代に義賊といって、金持ちの家に懲らしめに忍び入って財宝を盗み、貧しい人々に別け与える盗賊がいた。

代表が「鼠小僧次郎吉」である。

「ねずみ小僧」の名前を思い出した時、どっからともなく声が聞こえて来た。

その声は、「ゾなしだぞなもし・・・」と言った。「はて?・・・ぞナシとはなんだ?ぞなもし?」

やがて「コゾウ」からゾをとると、あるぜんぜん別の意味を持つ言葉になるとわかった。

       「ネズミ講」!!

これこそ「不労所得」の夢を実現する最高の仕組み。

しかし、法律で禁じられているからやってはいけない。

講の会員になっただけで処罰される。

だれの心の底にも不労所得、年金生活への憧れがあることは否定できない。

その夢と憧れに促され、限られた貴重な人生を棒に振るか、執念深く最後までやり続けるかは各人の価値判断の問題である。

「成功するまでやり続ける者が成功する」。

論理学的にいえばトートロジーであるこの定言を信じてビジネスをやり続けられる人は、「信じる者のみが天国へゆける」宗教の信者と共通の心を持っている。

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2010年5月 7日 (金)

ギリシャの財政危機 -その1

永らくお休みしていました。5月から復帰です。

ジャック・クールがレバノンへ船旅をした帰り難破してコルシカ島に辿りつき身ぐるみ剥がれた上に身代金を要求されたところまで書きました。

この時のジャック・クールの身代金が微々たるもので彼が小者だった事を示していると・・・。

大事なのは彼がヨーロッパと中東との金銀の為替レートの違いを利用して金儲けを企んでいたらしい事です。今の時代とほとんど変わってないな~あ、と思います。

先月からギリシャの財政破綻にどう対処するかでユーロ圏の国々がもめました。

スペイン、イタリア、フランスなど南の諸国は次は我が身という危機感もあって援助の手を差し伸べるべきだと主張し続けました。

最後まで、反対もしくは援助はしたくない意向を表明続けたのはドイツと英国でした。

ドイツは、東西統一以来20年間、国民がサラリーの据え置きや緊縮財政に耐えた末、やっと勝ち取った繁栄です。国の指導者がずさんな経営をした結果、財政危機を迎えたからって簡単に援助してくれなど言うべきでないと感情的反発もあったでしょう。

イタリー、スペイン、フランスなどラテン諸国は政治家、高級官僚の汚職腐敗が激しい。袖の下(フランスではテーブルの下から渡すらしい。大抵はワインを飲みながらの賄賂なのでポ・ド・ヴァンとも言います)が横行してます。

社会党時代の石油会社エルフの汚職(これはミッテランがコールを助けた。そのお陰でEUとユーロが実現したことは今では良く知られています)。台湾にフリゲート艦を売った時の不正コミッションを巡り、先週からまたマスコミがで取り上げています。

一時期、ギリシャがユーロ圏を脱退して元のドラクマに戻ったらという意見と仮説が賑わいました。ドラクマに戻せばギリシャ通貨の為替レートが下がり輸出競争力がついてギリシャ経済は活気を取り戻せるという議論でした。

しかしユーロ圏に参入する時の規定はあっても脱退する時の規定がないとか、危機を切り抜けるためにユーロで借金しなければならず、ドラクマに戻っても対ユーロ為替レートはユーロ高になり、返済はユーロでしなければならないから結局はギリシャ経済を救う事にならない。

ギリシャの次はポルトガル、スペインだと既に株式市場は二国の関連株を大量に手放しリスボン、マドリッドの市場は暴落しました。次はイタリー、そしてフランスにも及ぶと戦々恐々です。

アテネの民衆は5月5日、数万人がデモし、国会に押しかけ、最終的にドイツも援助に回った、EUとIMFの援助を受け入れるにあたり首相が約束した緊縮財政法案の国会通過を阻止しようとしました。

Demoathene3

まるで1960年と70年の安保改定反対の国会デモのようですね。民主主義の発祥地のギリシャの民衆は、危機の一線を越えていたにもかかわらず政治家が国民にウソを吐き、放漫財政を続けたツケをなんでオレタチが払わねばならんのだと怒りをぶつけました。

公務員のサラリー1~2か月分のボーナス廃止、加えて、20%を超える消費税の上昇、タバコ、アルコール、ガソリン税の値上げ、老人は年金が貰えなくなる・・・。緊縮財政は真っ先に国民を襲います。私企業のサラリーマンも一社では暮らしてゆけず、副業をこなしている人が多い。

ユーロという統一通貨の導入を決めた時、すでに国により経済状況が違うのに人工的に決めた通貨を画一的に適合させるのはおかしいという議論が出ていました。

ギリシャの経済危機はユーロという通貨全体の危機として、さらにユーロが崩壊すれば、ドルの危機につながるとフランスの経済専門家の中には危惧する人もいます。

アテネの民衆は金融機関が先物相場で為替取引に失敗した結果、金融危機を招いたとして、敵は銀行だと火炎瓶を市中銀行に投げ込みました。火事で3人の若い行員(内一人は妊娠していた30代の女性)が逃げ場を失って死亡しました。

 

Photo_2

この為、デモは一時的に静まりましたが、危機が収まったわけではありません。EUとIMFの援助金はギリシャが必要とする金額に足りないのです。

ところで国庫が抱えている財政赤字が最大の国はどこでしょう?
アメリカは凄いです。でも世界一の財政赤字国は実は日本なのです。
日本の皆さん、ギリシャは遠い地中海の国。
昼寝ばかりして働かない国民。だから財政破綻を迎えても当然さ、などと、あなどらないでください。火が、そのうち、日本にまで振りかかって来ない保証はどこにもないのです。

         

            

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