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2011年3月27日 (日)

レクイエム 13

 学校で教えることがすべて真理と思い込んでいた僕は、教師も生徒もみんな
受験科目として数学が重要だから熱心なだけじゃないか。功利的に熱心なの
で真理を愛するためじゃないんだ。内心そうつぶやくと僕はそれからの数学
の時間には「ソクラテスの弁明」や「饗宴」などプラトンの本をこっそり広
げることにした。ある日、アガトンの両性具有の話を読んでいると教師が竹
のムチで僕の頭をトントンと叩いた。

 受験教育はこういう素朴だが根源的なところに通じる疑問を抱く生徒に丁寧
な回答を与えず、教師が、こうした抽象的な人間の思考がなぜ現実に有効か
という数学がもつ基本的な性格から説き起こし、思考と現実認識の間でさ迷
い、漂い始めている思春期の若者の内面的危機を指導しないのを残念に思う。

 それ以来、僕は、数学で当てられると木偶のように黒板の前で立っていた。
当てられて前に出た生徒がみな席に戻っても呆けたように立ったままでいる
僕に薄気味悪さを感じたのか教師は小言もいわず無視をして先へ進むのが常
だった。出来ないとわかっていながら前に出た僕は、ぶざまな姿をみなの眼
にさらしていた。小便が出てゆくのを感じながら嗜虐的な気分で耐えていた
時と同じだった。級長や生徒委員を務め、晴れがましい顔ができた小中学時
代は終わりを告げ、劣等感にまみれた辛い時代が到来した。

 落第生に転落するまでに半年とかからなかった。僕の心は鬱懐に満ち、坂を
転げ落ちるように幼児的な段階まで退行を始めた。真面目で勉強熱心、規範
に忠実で、だれとも仲良く人と争そえない僕は、少年時代を通じての自分の
適応ぶりに嫌悪を覚えたのだった。大人が敷いたレールに今まで順応して来
た。成績が良いだけで慢心していた子供っぽい自分に嫌悪を感じた。

 親しい友達を失い、飼っていた文鳥が死んだ。
 喪失感は鬱病のきっかけによくあげられる。大事な祖母が夏休みに逝った。

 (つづく)

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