« レクイエム 9 | トップページ | レクイエム 11 »

2011年3月24日 (木)

レクイエム 10

 小学校も終わり近くになると、僕は受験準備のための予備校へ模擬試験を受 けに行った。模擬試験の会場で建物の脇に溝のある土の露出した庭でひとり 秋の気配を感じながら試験を待つあいだ、今までの遊び友達と別れて競争に 勝ち残らねばならない寂しさを覚えた。

  「何事にも熱心で最後までやり遂げる根気を持っている。」そう書きなさい と横に座った母が言った。学校へ提出する書類の自分の長所という欄に僕は 母に言われるままに書いてゆく。今なら正反対のことを書くはずだが、こん な記憶から見ると小学校の頃の僕は根気があったのかもしれない。あるいは 母がそう信じたりそう希望したりしたのか。自己宣伝が得意でなかった母ら しからぬ思い出だ。

 ベリーニのあと僕はシューベルトのレクイエムをかけた。透きとおったソプ ラノがアグヌス・デイを歌っている。若い頃の母がほんの短い間コーラスに 入っていたのを思い出した。アルトのわりといい声をしていた。

 ジャンヌが読んでいた週刊誌のパリ・マッチを僕に差し出す。内務大臣のシ ュヴェヌマンの臨死体験の記事だ。手術のために掛けた麻酔が事故を起こし 危篤に陥った。三週間昏睡状態にあり、その間、心臓が五十五分間も停止し たが奇跡的に蘇生した。本人のインタヴューが載っている。

 中学二年生の時に僕は入院しヘルニアの手術を受けた。麻酔から醒めかかっ た僕の眼に最初に映ったのは心配そうに僕の顔を覗き込んでいる母の顔だっ た。母は僕の手を握りながら「もう済んだのよ。もう痛がらなくてもいいの よ」と言った。手術が長引き麻酔が切れたため苦しんだ僕を慰めてくれたの だ。麻酔から醒める時はどこか暗く遠い世界から明るい世界に行きつ戻りつ しながら還ってくるような気がした。意識が醒め母の顔が見えるがその顔が 遠ざかりまた暗い淵に引き戻される。きれぎれにそれが何度か続く。

 麻酔から醒めた翌日、母は病院に岩波少年文庫の西遊記を持ってきてくれた。 その本は僕に文字が想像を掻き立てることを初めて経験させてくれた。それ まで僕は雨の降る日に掘っ建て小屋の本棚の横に寝転んでアミーチスのクオ レ物語とかデユマの岩窟王とか西洋の話か、シートンの動物記とか世界の七 不思議とかジュール・ベルヌの海底二十万マイルだとか自然についての科学 的好奇心を満たすものばかり読んでいた。

 楽しみながら東洋の伝統世界へ眼 を開かれたのはこれが初めてだった。怪物や魔物たちに三蔵法師が捕らえら れ猪八戒と沙悟浄が闘い、最後に変幻自在の孫悟空が如意棒を揮い魔物をや っつける。玄上三蔵が深山渓谷を旅しながら天竺へ大蔵経を求めに行った旅 行記をSF仕立てにしたのが西遊記だ。三蔵法師の慈悲深さ。金沌雲で千里 を一瞬に飛び回るスーパンマンの悟空が宇宙の果てを究めたと己惚れてみた がお釈迦様の手の平から出られなかったという譬えは科学好きな僕にある教 訓を与えた。

 (つづく)

ポチッと応援ありがとうございます↓
連載の励みになります。

にほんブログ村 小説ブログ 長編小説へ
にほんブログ村

|

« レクイエム 9 | トップページ | レクイエム 11 »

小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1025232/39329042

この記事へのトラックバック一覧です: レクイエム 10:

« レクイエム 9 | トップページ | レクイエム 11 »