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2011年3月19日 (土)

レクイエム 5

 祖母に僕はいっときも離れずまといついていた。風呂の焚き口にかがみ、
薪の燃やしかたを教わり、ちゃぶ台で字を習い、丹頂鶴の描き方を教わった
記憶と並び、僕にはある強烈な印象が残っている。

 厠は小川の上に張り出した廊下の突き当たりにあり、大便所の穴から下を流
れる水が見おろせた。祖母はよく着物の裾を端折って太股を出し、朝顔に後
ろ向きになって放尿した。腰までまくられた祖母の白い太股のややたるんだ
肉に触れるところに僕はいつも立っていた。祖母の腹と太股は露わなたっぷ
りした白い肉をさらけ出し僕の頭上に山のように聳えていた。それは僕が安
心して頼ることのできる仏の立像のどっしりした脚のようだった。祖母の太
股はその白い肉のイメージと一緒に僕の心にしっかりと刻まれている。

 茶箪笥の中のガラス瓶にぎっしり詰まったらっきょうと楕円形の「きんかん」
が思い出に残っている。みかん色の艶のある皮に歯を立てるとさわやかな香
りが鼻をつき、舌がほろ苦い甘さにしびれ、クエン酸の汁がわずかに口中を
濡らした。その感覚は祖母の思い出としっかり結ばれている。フランスの中
華食品店で「きんかん」を発見した時、僕は祖母の形見を見つけたような気
がした。

 風呂の窯を焚いたり、食事をさせてもらったり、字とか絵を習ったりの他に
何をしていたかもう記憶にない。在所と呼ばれていた隣が大きな家でその家
の忍びの地下道をくぐって遊びに行き、僕より少し歳上の男の子のカレイド
スコープを廊下に持ち出してふたりで交代に外へ向けて覗いたことを覚えて
いる。

 冬は、小川のほとりや道端に生えた南天の赤い実がまっ白い雪に映えて眼を
奪われ、村の遊び盛りの少年に加わって融けかけの雪を丸めた玉どうしをぶ
つけて遊んだ。春は、祖母と岸辺の蕗のとうを摘みにゆき、川端の篠竹の細
い管で作った鉄砲で杉の実を飛ばして遊んだ。夏は、膝くらいまでの水深の
川にたらいを浮かべ水遊びに熱中した。夕方、水面を緑色のヘビが身をくね
らせて渡ってゆくのを見つけ、わんぱくたちは一斉に小石を投げてヘビを殺
した。冬の凍てつく朝、竹の棒の先に紐をつけダシジャコを結んで川へ降り
てゆき、階段の途中で近所のおばさんに「まあ。寒中に魚つりかいね」と笑
われた。こうした光景がいまでも鮮明に僕の記憶に残っている。

(つづく)

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