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2011年3月13日 (日)

夏の山脈 8

 白と茶のまだらの胴とワニのように隆起した眼窩の上の骨、ひしゃげて突き出た顎。草原の沼で一メートルもあるパイクを釣る。白木が行こうというなら行けるだろう。万事は白木の都合次第だ。
 
 辻さんが近所の村の飲み屋へビール飲みに行こかと言い、車で荒涼とした景色の中を十五分ほど走って廃村に出た。道の両側にはまばらにコンクリートの四角い建物が現れるが、壁の青やクリームの水性塗料が剝げかかっている。

 窓や扉が壊れ、外れかかって斜めにぶら下がったり、まったく無かったりした。建物の周りは雑草が伸び放題だった。
 
 「ここも石油関係の会社やったけど閉めたね。ここも潰れた」

 辻さんは建物の前を通るたびに倒産した会社を挙げていった。社名が書かれた看板が建物の上部や敷地の入り口に傷んで残っていた。

 バーの前には大型のピック・アップが四・五台停めてあった。
 ドアを開けて入ると中は広く、テーブルが二十以上はあるのに、客は奥のカウンターの前に、野球帽をかぶったカナダ人が四・五人居るだけだった。

 辻さんがバーの青年にビールを注文すると、背の高い大きなジョッキに入ったビールと柄のついたグラスを二つ青年が運んできた。

 しばらく飲んでいると、いままで見えなかった奥のテーブルから一人の太った婦人が近寄ってきて辻さんに座っていいかと訊き、頷くのを待たずに腰を降ろした。

 「あたしは決して差別の意味で言うんじゃないわよ。気にさわったらごめんなさい。こう眼の釣り上がった人はあまり居ないから訊くんだけど、あんたはひょっとしてコリアンじゃない?

 あたしの働いてたトラッカーズの近くのガソリンスタンドにコリアンがいるのよ。あんたの顔がとっても良く似てるから兄弟じゃないかと思って……」

 早口の英語の聴きとれなかった部分を想像力で補うとどうやらそういうことらしかった。薄暗い板張りの壁のだだっぴろいバーで辻さんが居てくれるにもかかわらず陽一は怯えを感じた。こんな環境に慣れてないうえに英語の理解力が足りないせいで不安を感じるのかと陽一は自分の怯えの理由を探った。

 「いいえ。ボクは韓国人の友人を訪ねて来た日本人ですよ」
 陽一は言い間違えぬよう丁寧に発音して言った。

 婦人はなおも話し続け、辻さんの説明では、その日、婦人が働く長距離トラック運転手相手のレストランで、不始末の火を出し首になったということだった。

 「裏の庭の木の下で、じゃがいもを入れるコモ、あの麻袋に入って、トラックに乗せられて、運ばれてゆく、あなたたちの同胞を見たわよ」

 こんどは婦人は戦争当時の想い出を喋りはじめた。辻さんはうるさいと思ったのか、暗い話題に立ち入りたくないと思ったのか、ぼくたちビリヤードをやるから申し訳ないけどと席を立った。

 婦人は邪魔をした詫びを言い自分の席に戻って行った。

 (つづく)

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