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2011年3月23日 (水)

レクイエム 9

 お稽古ごとに僕は小学二年からお習字、そのあと算盤塾に通っていた。その
算盤塾で小便を漏らしたことがある。トイレに立つのが恥ずかしく億劫でい
るうち、我慢の限界がきて座ったまま小便を垂れた。腿を濡らした暖かい液
体が足へ広がるのを感じながら僕は羞の感情が嗜虐的な快楽に変わってゆく
のを味わっていた。僕は心と肉体にひらきがあるようだった。尿意を感じて
はいるが、こらえられるだろうと頭は思い肉体に生理的限界があると知らな
い。オシッコと立ち上がり席を縫って行く間、嘲笑のまじった視線にさらさ
れると想像しただけで僕の小心と気位は、すこしくらい辛くても我慢してい
る方を選ぶ。ひょうきん者になれないのだ。小便が出てしまった瞬間、信じ
られない屈辱的状況を受け入れるのにとまどい、泣きたくなるが、もはや後
の祭りだ。逃げ出すしかないと覚悟を決める。終業いなやすばやく教室を脱
け出る。濡れた畳を子供の誰かが見つけ、先生が唖然として眼を剥くのを窓
から横目で盗み見ながら走って帰った。

 母が払ってくれた犠牲として心に残る思い出を僕はいくつか持っている。
ひとつは小学二年生の時のことだ。校庭にあった一本の太い銀杏の木の下に
先生を中心に生徒が集まり音楽の授業をやっている。春風が吹いて新学期が
始まったばかりの頃だった。器楽合奏の授業に生徒はそれぞれハーモニカと
か木琴を持って来ていた。僕は木琴を選んだが家計の都合で授業までに買え
なかった。母はなんとかやりくりして購入した木琴を学校に届けに来てくれた。
授業は始まっていたので母は校門の脇で待っていた。矢がすりの羽織りを着た
母が包みを抱え風の中にじっと立ってこちらを見ている。その時の母の姿を
僕はいまも想い浮かべることができる。
その木琴は紫の艶のある化繊の風呂敷に包まれていて皆の茶や赤い色の
木琴と違い朴の白木に透明ニスを塗った明るい色をしていた。丸い玉のつい
た棒で叩くと柔らかなふくらみのある音がした。強く叩き過ぎると木の表面に
凹みができた。小学時代の僕には貧困の悲しみを味わう機会が少なからず
あったが、この記憶はゆとりのない家計の中で母が音楽教育から子供を脱落
させぬために精一杯払ってくれた努力の証しとして僕の心にしっかり刻まれて
いる。この思い出のために僕は音楽に長い間コンプレックスを抱いていた。
音楽は高尚で金の掛かるものと思い込んでいた。絵のほうが手を使って物を
作るので職人や製造業や労働者に近く親しみやすかった。

 (つづく)

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