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2011年3月11日 (金)

夏の山脈 6

 眼の前の窪地の池を陽一は眺めている。池というより大きな水溜りと呼んだほうがいい。なにもかも人手にかかっていない。草は伸び放題だし、木の枝も歪んでいない。けれども、どことなく寂しい光景だ。

 木は水の縁なのに水気の足りない乾いた育ち方をしている。水鳥が静寂の中で人間とまったくかかわりなく水に浮いたり潜ったりしている。

 「ビール飲みませんか?」

 辻さんが冷蔵庫から冷えたビールを出し、栓を開けてくれた。

 「ぼくはビールをよく飲むね。ビールさえあったら何もほかにいらんからね。ここに、こうして景色を見ながらビールを飲んで、一日中ボケーっとしていても、ぜんぜん退屈せえへんよ」

 その通りかもしれないと陽一は思った。

 「それにしても静かですね」

 「一日中、表を眺めていて、車が一台通るか通らないかだよ」

 陽一はさきほど部屋に入った時すぐに眼にとまった焼き物へ視線を移した。

 「これ、みんな辻さんがお造りになったんですか?」

 壁にしつらえられた棚や、壁の裾と床の間に、おおきな飾り皿や壺、花入れなどが並べてある。大胆な形をして伝統的な篠や萩などの渋い陶器の肌の上にほんのひとハケかふたハケ、前衛的な華やかな色が走っている。鮮やかな色彩が施された一対の焼き物が掛けてある。良く見ると人の顔らしい。

 居間に男の子が入って来た。辻さんの同棲相手の子のようだ。陽一が陶器を見ている間、廊下の奥の方で辻さんと英語で話す声が聞こえていた。

 「ジミー」と辻さんが紹介してくれた。陽一は十二歳の男の子と握手をしてこんにちはを言うことはできたが、会話が満足にできない。英語が苦手というコンプレックスがいまだに抜けていない。

 高校の時、安保闘争があったので、安保反対、アメ帝帰れと叫んでデモに加わり、義理堅く英語の学習を拒んできた。実益より倫理を優先すべきと理由をつけていたが、こういう時、怠けたのが恨めしく感じる。

 こんな子供と自由に会話が出来たらいいのに……と自然な気持ちで思う。いまからでも必死に英語を覚えたい衝動が後悔を伴って胸に込みあげてきた。

 (つづく)

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