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2011年3月 8日 (火)

夏の山脈 3  

 辻さんの車は幅の広い箱型のブルーのピック・アップだった。

 車に乗り込んで話すうち、辻さんが陶芸家でエドモントン大学で教えておられると分かった。

 「去年、田舎に土地を買って家を建てたばかりです。家にも窯を作りましたが、まだガスが来てなくて。まあ大学の窯が自由に使えますから」辻さんは京都弁で話す。

 「こちらが南。こっちが東。エドモントンの街はこの方向です」

 辻さんがハンドルから右手を離して地平を指し示しながら言った。

 道路の脇は路肩が土でその向こうにわずかに起伏が認められる平坦な牧草地が広がっている。陽の光が、北国に特有の透明な黄金の色で牧草を、陰影の極端な鮮やかな緑色に照らし出している。時差に疲れた陽一の眼にその光景は非現実的に見える。

 初めて眼にする北米大陸の広大な景色。東京やパリの狭苦しい空間となんと違うことだろう。フランスの田園にも日本には見られない広大な風景はあるけれど、それは隅々まで手入れが行き届いて抽象画のように見える。ここの景色はもっと粗野で野性的で地平線が遠い。

 「十七年前に何も持たずにふらりとエドモントンへ来ました。でも、着いてすぐにボクは教職を見つけたからね。こちらで結婚して娘がひとりできたけど、いま彼女とは離婚して別の友達と一緒の家に住んでます。これから会いますがね。友達に十四になる娘と十二の男の子がいます」

 辻さんは芸術家らしい若々しい口調で語る。
 相手の年齢、社会的地位、自社との関係を気にしながら話さなければならない仕事の世界には見られない、辻さんの率直さを陽一は好ましく感じた。

 それから二人はカナダの冬の寒さのことを話した。行き交う車の数は少なかった。

 幾つか交差点を横切り、曲がりして車は土に轍の跡が刻まれている細い道に入った。起伏のあるその道を揺れながら、道から奥まったところにある農家を右に一つ、左に一つ過ぎると、右にポプラのまばらな林があって、その脇からさらに細い道が上がり勾配になって別れ、その勾配の上に家があった。

 「ここがボクの家」辻さんが言って車を停めた。

 道の先に低い柵があり、その向こうの台地に大きな黒い屋根と焦茶の壁板ペイントが真新しい家が建っていた。


(つづく)

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