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2011年3月22日 (火)

レクイエム 8

 魂の発露が表現なら、僕たち一家は戦後すぐのバラック時代に子供たちが表
現する機会があり、経済的に安定してからはそれがなくなった。子供らが幼
稚園や小学校から帰ると、バラックの六畳の真ん中の堀炬燵を囲んで母と祖
母が座り、建て増した八畳間との境にちょうど舞台のように延びていた廊下
に交代で立って学芸会をした。

 この小舞台で僕や妹が唱歌や演芸のまねごとをするとお玉婆さんも母も喜ん
で拍手をした。いったいお玉婆さんは芸ごとが好きな人で、機嫌の良いとき
には、なんてまんがいんでしょとか、よねやまさんから雲があでたあーなど
という唄を教えてくれた。誰に気兼ねもなく、姑と母と子供が一緒になり無
心で愉快な時間を楽しんだ。ほんの短い間だったが家族でこうした団欒を持
てたことを思い出すと人間は無心な幼児時代がいちばん幸福なのかと思う。
父はその場に居なかった。金沢で学生時代を過ごした父は尺八の免許皆伝の
持ち主で、芸事は誰よりも好きな筈だった。内側に朱色の漆を塗った尺八を
試しに吹いてみたことを覚えている。柱に凭れ背筋を伸ばし首を立てるよう
父が言い、歌口に唇を当て懸命に息を吹き込んだがいっこうに鳴らなかった。
首振り三年いうて、いい音が出せるまでに三年はかかるよと父は言った。

 出張先でも琴と三味線に呼ばれて三曲を演奏する機会が多いらしかった。
お玉婆さんが卒中で倒れてから不幸が目立ちはじめた母は、姑の世話と日に
日に成長する四人の子供の養育に三十代のエネルギーのすべてを注いでいた。
母がわがままな病人の被害妄想に因る悪態に耐えて看病していた時に、父は
表で社交にかこつけた華やかな歌舞音曲の世界にうつつをぬかしていた。
嫉妬が原因だろうが、母はある日ついに癇癪を爆発させた。夕方、子供たち
はお玉婆さんが寝ている脇の六畳で本を読んでいた。買い物から帰った母は
姑に何か嫌みを言われたらしく、突如、野菜を投げつけて反撃し、泣きなが
ら台所に引っこんだ。心配で様子を見にいった僕に母は、「鬼ばばあ」と吐
き棄てるように言い涙を拭った。母とお玉婆さんの喧嘩は垣根越しに聞きつ
けた隣が仲裁にはいってくれ大事に至らずに済んだ。
 
 それから二三日経った夜、出張から帰った父が何か華やかな女の匂いのする
ような土産を挟んで母と向き合っているのを僕は寝床から見た。父がうな垂
れ、母が啜り泣き涙を拭うのが見えた。その日を境に父はきっぱり尺八を吹
かなくなったことを思えば、多分あれは母が姑の意地悪さをかこち、父の社
交を止めてくれと泣いて訴えたのだろう。

 (つづく)

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