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2011年3月25日 (金)

レクイエム 11

 家が貧しいことを知っていた僕は金の掛かる私立高校へ行って親に迷惑をか
けたくなかった。某私立大学出身の中学の英語の先生が自分の出身校へ行く
気はないかと聞いた時も僕は都立へ行きますと答えた。

 高校の入学式に父が来てくれた。その日は春風が校庭の乾いた砂埃を舞い上
げ茣蓙の敷かれた体育館の床がザラついていた。その日の「空虚感」を今も
僕は覚えている。それは無邪気な少年時代と決別し遊び友達と別れた寂しさ
と、これからも続ける競争に満たされない情が空しさを抱いたのだろう。

 いままでも、遊びの誘惑を振り切って図書館に通い、家の奥の廊下に設えた
机に馴染み、勉強に疲れると庭に降りて木々を相手に心を慰めた日々は、
遊び仲間と離れ年寄りめいてゆく自分を感じてきた。試験が終わり、彼らと
別れ、新しい集団の仲間入りをする今、僕が抱いた感覚は悲しみや空しさで
あり、喜びや勇猛心ではない。生存競争を続ける人生がはかなく見えたのだ。

 

相撲をとっても競泳をやってもいつも勝っていたし勝つことは簡単だったの
に、勝つことが空しいと感じ始めた。そこに居並ぶ肉体的には僕より大人に
見える生徒たちの誰より良い成績で入学したのに空しいという感覚しか沸か
ないのは、勝つことばかりに熱中し、敗者の情も省みず自己満足していた無
邪気さを幼いとみるまで精神が成長しかかっていたこともあったろう。そん
なことより、やっと試験が終わりほっと一息ついて開放感を味わいたいとい
う心の隙に、「空しさ」が忍び込んだだけかもしれない。

 「荷おろし鬱病」というのが精神科用語にあるらしい。
 明快で秩序だった算数と理科が僕は好きだった。たまにする遅刻を除けば小
中学校を通じて僕は秩序を愛し規則に忠実な出来の良い少年だった。
秩序愛の持ち主にうつ病患者が多いという。秩序を愛する人は秩序の変化に
対応が困難で、うつ病になりやすい。整然とした街路を作った西洋人に鬱病
患者が多い。秩序の変化は些細でも違いを心は感じ続ける。この時期、父は
家を新築し、海外出張を繰り返し家庭の雰囲気は大きく変わった。父親は常
に出張して不在だったから、息子は父にたいする全面的な信頼関係を持ち得
なかった。父との接触はたまに銭湯へ行くか出張帰りの父を国電の駅に迎え
に行った帰りに連れだって歩く時くらいで、どの庶民の子も持っていた身体
をぶつけ合って遊ぶ関係が父との間になかった。日本は戦争に負け父親の権
威は地に落ちていたが幼ない僕や兄にとって父は規範的存在だった。国立大
学の理工科へ進みエンジニアになって社会の役に立つ人間になる。父をモデ
ルに幼い頃作った線路の上を疑問も持たず進むことが少年期の生き甲斐なの
だった。

 五月病といって木の芽どきがあぶないそうだ。この時期の木の芽がいっせい
に吹き出し、心が浮き立つような気候の変化が身心のホメオスタシスの崩れ
の背因になるそうだ。

 入学式も終わり桜が散り木々の青葉が茂り始めると僕の心にぽっかりと穴を
開けた空白が一層広がった。僕は買ってもらった安物のギターを終日弾いて
空しさの穴を埋めようとした。うつ病の病前性格のメランコリー親和型性格
のほとんどが自分に当て嵌まっているのに僕は驚く。小心、几帳面、まじめ、
仕事熱心、責任感が強い、人に頼られると断りきれない、人と争えない。
これらはまた冠状動脈疾患患者の性格特性でもあるそうだ。さびしがり屋、
遠い所へ逃げ出したい、この世からおさらばしたい、死んでしまいたい、
自分が居ない方が皆のためによいのではと考えるなど、はよう死んでしまい
たいといつも言っていた母にはうつ病患者の傾向があった。しかし表情は
鬱病らしさをかけらも見せなかった。メランコリックな顔つきもしなかった。
表情に出さなくてただ厭世的な言葉で思いを打ち明けた。だから僕には母の
死にたいという言葉が母のうつ病傾向ではなくて、むしろ思想を示すように
思えるのだ。

(つづく)

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