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2011年3月20日 (日)

レクイエム 6

ひとつの光景が、異様な印象とともに記憶に刻まれている。ある夜、廊下に
立ち、川とその向うの畑を見ると、真っ暗な筈の空が白夜のように煌煌と明
るんで見えた。それは満月に野や畑や山が照らされて白く見えたのかも知れ
ないが、何かの理由で増幅された幼児の感性が、夜中に特別な天体が飛来し
青白い光で田園を明るく照らし出したかのような、恐ろしげな天変地異が突
然生じたかのような畏敬の感情を引き起こしてその光景を胸に刻んだ。
後年、聖書の創世記を読んだ時、僕はこの時の光景をその感情とともに想い
出した。

祖母は僕を躾たりしなかった。子供の好奇心の赴くままに文字や絵を教えた。
心理学者によれば普通、子供は幼児期に第一反抗期を持つ。幼児期の子供は
親にたいし憎しみを抱いたり、またその憎しみを隠し抑圧したりするそうだ
が、僕は親恋しの思いを抱くことがあっても、憎しみは抱けなかった。第一
反抗期は子供の自我の形成に重要だそうだが、僕は反抗すべき親が傍におら
ず、親への絶対的信頼を作れなかった。親への反抗は親を絶対的に信頼して
いるからできるのだそうだ。親をあまり信頼していない子の反抗は少し変わ
った形態をとるだろう。

十一月一日のトウッサン(万聖節)は今年は日曜に重なった。日本のお彼岸
にあたるこの祭日にフランス人も墓に菊を具える。ジャンヌの母のベルナデ
ットはフォンテンヌブローの森のはずれの墓地に眠っている。松や樅の生え
た明るい南向きの斜面にあり、享楽好きなベルナデットにふさわしい墓地だ。
彼女は田舎育ちで長年パリに憧れていた。晩年にやっと念願がかないパリに
住めたのも束の間アルツハイマー症に罹った。モントローの郊外の養老院に
いたが去年の十一月の寒い夜、静かに息を引き取った。ジャンヌと僕は週末
毎に車で散歩に連れ出したが、どこへ落ち着いても必ずよそへ行きたがった。
ベルナデットもジャンヌも無神論者で教会へゆかなかった。父親のクロード
は敬虔でときどき教会へ行っていたが十年前に他界した。

僕とジャンヌが結婚して今年でちょうど二十年目になる。二人の間に子供は
いない。去年、僕はパリで十三年勤めた日系企業を辞めた。ジャンヌに生活
を支えて貰い、今は若い頃からの夢だった画業に打ち込んでいる。数年前、
小さな庭つきの家を手に入れ、アトリエを造った。油絵とテンペラ画、時に
水彩、グワッシュ、銅版画を作る。知り合いの画商が個展を薦めてくれるが
今は不景気でさっぱり売れない。

土曜に買っておいた黄菊の鉢を持って日曜の朝のうちに墓参りを済ませ、
昼食前のひとときを居間で寛いでいる。ベルナデットはマリア・カラスが好
きだったのでジャンヌがノルマのCDをかけた。ベリーニの命を与えられた
旋律。音楽が人間の喜びと悲しみをじかに感じさせるのは何故だろう。ママ
ンは台所で料理しながらよくアリアの歌まねをしたとジャンヌが話す。
「私が嫌いなカボチャスープを食べるまでママンは私の鼻先にボールを置い
たままにテーブルを立たせなかったわ。」
ジャンヌは週刊誌を手に取ると笑いながら言った。

 (つづく)

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