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2011年4月に作成された投稿

2011年4月28日 (木)

夏の山脈 13

思春期から青年時代、一番価値を置いていた友情。無償の純粋な男同士の友情をあの時代は信じ、その情念のためになにもかも抛り出して一緒の時間を過ごした。
俺の白木への友情。それは俺よりずっと男らしい白木に対する俺の側からの一方的な片思いだったかもしれない。

十七年前、白木が羽田からロスアンジェルスへ飛び立つ時、陽一は空港へ見送りに行った。あの時、搭乗ロビーには陽一が顔を知った男たちが四五人と、顔も知らない女たちが三・四人見送りに来ていた。全部和雄の友達だった。陽一の知らない世界を和雄は彼女らと共有してきたのだった。俺がカズの中で占める位置が僅かなものに過ぎないとその時知って陽一は寂しい思いに駆られた。それはそれで仕方のないことだ。陽一の方からカズの中に占める範囲を狭めるようにしてきたのだったから。

あの頃、陽一は女々しいことしか考えていなかった。フランス語を始めてはいたけれど、和雄のように外国へ出ることを本気で考えてはいなかった。やがて大学紛争に巻き込まれ、教職に就こうという意志を放棄して、デザイン材料をアメリカとヨーロッパから輸入する小さな会社の貿易部に就職し、金を貯めてフランスへ来た。

組合作りをやり、倫理上は、組合が実力を蓄えるまで残るべきだったのを、フランスへ行きたい一心で、仲間を裏切る様にして飛び出してきた。ヨーロッパを回り、カナダ、アメリカを三カ月で回って帰る予定だったが、結局フランスへ居着いてしまった。

フランス女と結婚し、仕事をいろいろ移った末に、ある日本の商社のパリ支店に現地採用してもらい、八年間勤め、ようやくアパートも買った。

青春は終わって成人したのだよ。われわれは、もう中年になってしまった。その間の互いに知らない人生。二十代の半ばから四十を過ぎるまでのこの十七年間の、カナダとフランスでの悪戦苦闘の人生を互いに語り明かしたい、という思いが陽一にこの旅を決意させた理由だった。その思いは今でも和雄は分かち合ってくれる筈だと陽一は信じている。和雄は俺を、世間の荒波をくぐり、三十代の大人になった後に知り合った友人とは、違う仕方で受け入れてくれる筈だ。昔の和雄がいつもそうだったように。

(つづく)

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2011年4月26日 (火)

夏の山脈 12

初対面でそこまで甘えて良いものだろうかと思ったが、まあ白木の友達であることだし、同じ芸術家気質で気心が知れてるようだから、向こうがしてくれるということを感謝して受け取れば良いと陽一は思った。

「顔も思い出せん昔の友達が来るいうて、白木もずいぶん気イつかってたよ。どこへ行こかなあ。山へ行こかあ。学校みせにゆこかあいうて」

辻さんがふと洩らした言葉を、陽一は当てこすりかと一瞬ドキリとしたが、十七年もの間、ハガキ一枚出さなかったのだから当てこすりを言われたとしても甘んじて受けるべきだと思いなおした。白木にしたって全く音信のなかった高校時代の友人から、突然旧交を温めよう、急に会いたくなった、と言われて当惑したろう。

「ユーアーオールウエイズウエルカムだよ」

白木は電話で陽一が仕事の都合はどうか、行って邪魔にならないかと訊いたときにそう答えた。

「僕はいまなあ、自分でコンサルタントみたいにしてやってるのよ。それにエドモントンは石油の街でしょ。今は仕事がないのよ。
この秋には日本に帰ろう思って。家も売りに出してるのよ。今はだから、小さな仕事をやってるだけで時間はいくらでも好きなように都合できるから。
ロッキーをキャンプして回るツアー?そんなのもあるんか?外国はいろんなツアーがあるね。山ならオレが連れてってやるよ。ちょうど帰る前にいちど山へ行きたい思ってたから。釣り?釣りがしたいんか?エドモントンの街を流れている河?河はあるけど、あんなとこダメだよ。竿は一本あるけど、まあ持ってきた方がええな。寝袋?オレもふたつ持ってるるけど、ひとつは小さいから友達からひとつ借りるようにするよ。寝袋はカサばるからな」

いよいよ行くと決まった時、白木は電話の向こうで陽一の幼児的な希望まで聴きテキパキと処理してくれた。そして、仕事が陽一が心配した通り延びるとわかった時も、年上の友人にこうして世話を頼んでくれたのである。白木の友情は少しも変わっていなかった。

陽一が白木に会いに行こうと決めた理由は、むしろ自分が十七年間、いやもっと前から彼の為に何もしてこなかったという悔恨の思いにあるに違いなかった。会える時に会っておきたい。それは大学時代に一番親しくしていた友人が突然、心筋梗塞で死んでから陽一が自分に言い聞かせて来たことだった。オレの親友は、死んだ畑と白木しかいない。畑は死んでしまったし、白木は何を犠牲にしても死ぬ前に一度は会っておきたい。いま、友情を回復しなければ、永久にオレは友情というものを失ってしまうだろう。

 (つづく)

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2011年4月22日 (金)

夏の山脈 11

高井から住所を教えて貰ってすぐ陽一は白木に手紙を書いた。十二年振りのことだった。

「長い間無沙汰をして済まなかった。相変わらずパリに居る。君もずっとエドモントンにいるんだね。今まで自分の事に精一杯で時々は君の事をふとどうしてるかなと思いながら、誠に慙愧に堪えないが、引っ越しの時に君の住所を無くしてしまい便りが出来なかった。高井が住所を教えてくれたので、ようやく便りが出来る。

年齢を重ねると青春のあの頃が懐かしいね。つい三十代の半ばまでは、あの青春の胸の高揚が蘇る日々もあったが、四十を超えてしまうと肩も凝り身体中骨鳴りがして、あの時代がもう遙かな昔に感じられるよ。いつかはあの時代の事を書きたいと思いながら、それも出来ぬうちに時ばかり過ぎ去り、胸のうちの熱い想いも次第に薄らいで行く。

考えてみればあれらの過ぎ去った日々の時間を共有しているのは地上で君と高井だけなんだからな。それぞれの記憶の中にしか、あれらの日々は影を留めていないのかと思うと、たまらなく君たちが懐かしいよ」

その手紙を出したのは一九八六年の暮れか八七年の正月だったと思う。パリの冬は暗く、永かった。正月も終わりかけた頃、白木から返事が来た。横長の二つ折りのカードに、雪の中の小学校の絵が建築家らしい直線で描かれ水彩が施してあった。

「これは僕が去年設計して、八六年のカナダ建築家賞を貰った時、会社で作ったクリスマスカードです。一枚だけ残っていたので送ります。
カナダに移住してきたフランス人とインデイアンの合いの子の部落、メテイーと呼ばれている部落の子供たちのための小学校です。
僕が子供の頃、育った日本の朝鮮人部落の想い出と、いま別れようとしている家内との間に出来た娘の事を思い、心を込めて設計しました」と認めてあった。

橙と黄と緑の色がところどころ装飾的に彩りされた簡素な学校は、雪の高原に住むインデイアンの混血児たちを受け入れるに相応しくシンプルで清潔で、それでいて民話の持つ温かみと味わいがあった。

 (つづく)

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2011年4月21日 (木)

夏の山脈 10

表で車のエンジンの音が聞こえて来た。車は坂道をゆっくり登り、テラスの向こうの庭に停まった。

「キャサリンが帰ってきたな」

辻さんが立ちあがってドアの方へ迎えに行った。

「キャサリン。カズの友達のヨーイチ」

「こんにちわ。トオルの招きに甘えて。今晩泊まらせてもらいます」

キャサリンは想像していたよりずっと堂々とした体格の女性で、胸も腹も腰もどっしりと大きく、辻さんが小柄なぶん、余分に肉をつけた感じだった。辻さんが引き締まった身体なので連れ相も自然瘠せ型で芸術家タイプだろうと想像していたのだったが、肉付きの良い落着いた風貌は変わったカップルという言葉が出てきそうだった。

「キャサリンは十年間インドに住んでたんだ」

辻さんがテーブルに戻ってきて言った。

「どうりで……。それなら、不思議でもなんでもない。わかりますよ。どうして、お二人が同棲するようになったかが」

「今は画廊をまかされて、そこでボクの作った陶器を売ってるんです。
彼女はボクのアトリエの生徒だったんや。
ボクをスキやいうことになって……。教えゴに手え~つけてしもたんや」

辻さんは煙草を箱から出して銜えた。ニヤニヤしながら話すので落ちそうになる煙草を手で取り直してからマッチを擦ってタバコに火を点けた。発火の炎や煙に眼を細めたのは、恥ずかしさやら誇らしさを隠すためでもあるらしかった。

その晩、辻さんはすき焼きの材料でバタ焼きを作りご馳走してくれた。夕べはすき焼きを作ったから材料はどっさり余っとるんや。二晩続けてすき焼きもなんやからバター焼きにしょうか、と辻さんは余った材料で客をもてなすことことを何か済まなそうに言った。
旅先の一泊目に家庭料理が食べられるだけで陽一はかたじけない思いがしていた。

「なにか手伝いましょうか?」

陽一は台所に立って野菜や豆腐を切っている辻さんに訊いた。

「いや。もうほとんど準備できてますから、釣りの雑誌でも見ててください」

サロンと一続きになっている広い台所は、流しと調理台とレンジが一連の巾の広い木の板に嵌め込みになっていた。調理台の延長がそのままテーブルになっていて、サロンと食卓の置いてある食堂の側からもスツールに腰を降ろせば簡単な食事ができるようになっている。

「広くていいデザインですね。このキッチン」

「いいでしょう。ボクが設計して、大工に作らせましてん。カズに頼むと高いから」

白木は建築家なのだ。

 (つづく)

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2011年4月20日 (水)

夏の山脈 9

 最初に訪ねた旅行会社では、その日付の便は一か月前から満席ですと言われた。

 正規のチケットを買えるほどの家計の余裕はなかったから、チャーター便を探した。

 一週間先のチャーター便に空席を見つけるのは無理かもしれなかった。諦めず電話帳を探すと、カナデアン・ナショナルという旅行代理店が見つかった。電話では予約は受け付けません。オペラ座のすぐ近くにオフィスがあるから来て下さいという。

 行ってみると応対に出たのはいかつい顔をした大きな男だった。希望の出発日を言うと、驚いた表情を作り、ヒューと口笛を鳴らしたが、すぐ航空会社に問い合わせてくれた。長々と話した後、キャンセル待ちならあると言ってくれた。

 明日わかるから電話をくれないか、というので翌日電話したが、まだコンファームできないと言った。「来週になると思うよ。はっきりするのは」

 翌週の水曜日が出発希望日だったが、最後まで行けるか行けないかわからない。仕事もある。行けるとなったら前日に十日の休暇を申請することになる。キミは仕事を放り出して遊びに行くのか?無責任じゃないかね。前日に十日の休暇願じゃ代わりの人のスケジュールも組めないよ。承認できないね。課長の不機嫌な顔が見えるようだ。

 どうするか?こじれるな、これは。いずれにしても。いよいよ決別か……今の仕事とも……。

 次の日曜日、白木から電話が掛かって来た。「ハワイの仕事が早まってな。あさってすぐ行かにゃならんのよ。八月の十日には帰ってくるけど……え?すると、キミも八月の下旬のほうが都合がいいわけ?ほんならどっちもちょうどええね」

 白木は仕事が遅れることはまずないだろうと言ったが、陽一は余裕を見て十三日出発の便を申し込んだ。今度は問題なくOKだった。会社には十五日間の休暇願いを出した。「ずいぶん長い休暇をとるねえ」マネージャーは皮肉ったが、この旅行は友情のためで何を置いても行く積りですと決意を匂わせた。三日後、夏休みを許可しますと返事を貰った。

(つづく)

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2011年4月19日 (火)

レクイエム 36 (最終回)

「 母さん、僕は勤行の代わりにフルートを始めました。息を使うところが
お経を唱えるのと似ています。魂や精神は息と呼吸に関係があるんじゃない
でしょうか。絵しかわからなかった僕は子供のときにコンプレックスを抱い
た音楽というものを理解したいと思っているんです。フルートの音は人間の
喜びや悲しみの声、たましいにいちばん近いような気がします」

「 ほら、また絵のほかに手つけた。父さんの二の舞を踏まんようにしなさい
よ。ジャンヌにねじこまれんように」

「ええ、ほどほどにしときます。母さん。成仏してほんとによかったね」

「ああ。モーツアルトのレクイエムが鳴ってる。
天使の声が花園を想わせる。
天空では神々が楽器を奏で、マンダーラ花の雨を降らす。
諸天は天の鼓を撃ちて、常に衆の伎楽を作し、
曼陀羅華を雨(ふら)して仏及び大衆に散ず。
諸天撃天鼓。常作衆伎楽。雨曼陀羅華。散仏及大衆」

母の藤色の身体がリズムに合わせほんのわずか舞うのが見えた。

「お迎えが来たようじゃ。そろそろ帰らんと」

「もうお帰りにならなければいけないんですか」

「お別れに釈尊の自我偈をお前と地上のひとびとに贈るわ。お前も一緒に唱
えなさい」

「自我偈というと如来寿量品の〆の句?」

「そうや。この偈には立場によりふたとおりの意味がある。私とお前が唱え
たら完全なものになるのや。何をもってか衆生をして、無上道に入り、速や
かに仏身を成就するを得しめん」

母は両手を合わせ、僕に慈愛の眼を向けて言った。
僕は両手を合わせ母に唱和した。

「毎自作是念。以何令衆生。得入無上道、速成就仏身」

( これをもちましてレクイエムを終わらせて頂きます。長い間、ご愛読ありがとうございました。 )

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2011年4月18日 (月)

レクイエム 35

「ほんとに子供を残さなくても母さん後悔しない?」

「後悔なんかとっくに通り越しました。子供いうても別の個人なのやから。
お父さんと一緒になった時、わたしは家のことなんかより個人の幸せが大事
や思てたからね。子供がなくても人生には仕事があるやろ。お前はいろんな
ことに興味を持ち過ぎたんや。まあ、まだあと二、三十年はお前に人生が残
されてるやろから、なにかにしぼってちょっとずつまとめてゆくことやね」

「母さん。済まなかったね。生前に母さんの考えをよく理解できなくて。死
はより自由な存在に至るための第二の誕生だと言った哲学者もいるけど、母
さんはずっと深い考えをとっくに持ってたんだね」

「ジャンヌと仲よう暮らしてゆきよ」

「はい。ジャンヌは仏教的な考えをすこしずつ理解してます。彼女は子はも
とより財を持つ貪欲もない。食に関してはビクシュニー(比丘尼)のように
恬淡で不殺生戒を守ってます。羊や牛は可哀相だから食べないで、ほとんど
野菜ばかり食べてます。僕らが買った家は雨露をしのぐ程度だし、今の家を
買ったとたんもうもっと人里離れた他所へ引っ越すことを考えてます。一所
不住ですね。ただ衣に関してだけは欲を断てないようでセールがあると眼の
色を変えます」

「そりゃ、ファッションの国だもの」

「母さん、この春ふたりで庭に薔薇と菩提樹を植えましたよ。西洋の菩提樹
はお釈迦様の菩提樹と種類が違うらしいけど、ジャンヌも僕もこの木が大き
くなったらその影で、バラに囲まれて昼寝をしたいと想ってるんです」

「菩提樹の下で禅定ね。そりゃいいわ」

「仏教はふつう女人は成仏できないと教えてきたでしょう。母さんは法華経
は女性も成仏できると説いていると言ってましたよね。たしか、提婆達多
(ダイバダッタ)とかいうお釈迦様の敵になった弟子がどうしたとか」

「あれは、法華経の第五の巻の提婆達多品にあるの。紫式部が法華経の三十
講を聞くために土御門天皇の御殿へ参上し、五月五日に第五の巻の提婆達多
品を聞いて、女人も必ず成仏することができるという教えに触れて、感激に
うちふるえて、詠った歌があるの。

たへなりや今日は五月の五日とていつつの巻にあへる御法も

母さんも苦労したけど、父さんの気力にはかなわない。お玉婆さんの看病と
四人もの子育てで気が狂いそうな時に、外で女と芸事やいうて遊んでたでし
ょ。実家へ帰らして貰ういうて詰め寄ったら、ぷっつり尺八を止めてしまわ
れた」

「あれは子供たちには残念でしたよ。父さんが尺八で身を立ててくれてた
ら、もっと楽しい家庭になってたんじゃないかと思う」

「アホいうたらあかん。尺八なんかで子供の四人を病人とを養っていけるも
んか。きっぱり尺八を止めて仕事一途に打ち込んだ父さんはやはり偉い。
勲章までもろたもの」


 (つづく)

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2011年4月17日 (日)

レクイエム 34

 つぎの瞬間、身体が軽くなり、全体が明るい黄色い光に満ちた広い空洞の中
に立っていた。そこは何か鍾乳洞の大広間のようだったが、そこを行けばさ
らに広い開け放たれた空間につながっている気がした。胸が期待でふくらみ
はじめた。誰かに会える予感がした。前方に背の高い痩せた淡い藤色の服を
着た女性が浮くように立っている。ああ母さんだと思う間もなく、僕は女性
と向き合っていた。

 母は見慣れた微笑を湛えていた。しかし、生前の母よりもどことなく西洋婦
人の表情が、肉の質感や顔の筋肉や骨格に漂っているように感じられた。
「母さん、西洋人に生まれ変わったのかい?」
母は笑って頷いた。こころもち唇が昔より厚くなったようだ。それに歯並び
が美しい。

 「お前はフランスへ行ってしまったし、そこで死ぬかもしれんやろ。死んだ
後もお前に会えますように願ってたらこんなんになってもたんや」

 「母さんに会えるなんて夢にも思わなかった。どうです?あの世の住みごこ
ちは?」

 「私のこの世かい?まわりは仏さんばっかりでほんにええとこや」

 「常住霊鷲山ですか」

 「そうや。天人常充満。園林諸堂閣。種々宝荘厳。あのとおりや。花や果物
がいっぱいの宝の樹がようけ生えた花園でみんな音楽を聴きながら楽しゅう
遊んで暮らしてます。お前が怖がってた核戦争で地球が火の海になって滅ん
でも、私のおる仏国土は安穏や」

 「仏さんや菩薩や声門や縁覚や人間より上の世界に混じることができてほん
とによかったね、母さん」

 「お前は途中で信仰を棄てたり、私の信仰を誹謗したから私のように成仏は
できませんよ。最後まで信仰を棄てなんだから私はどうやら即身成仏でけた
んや。お前も私が死んだ時にお経を思い出して半分くらい唱えとったから、
こうして会わせてもろたのやろ」

 「母さん。僕はいつか母さんとふたりきりで花見に行った時に言わなければ
と思って結局言えなかったことを、言う。母さん…。ジャンヌが出来かけた
子を堕ろしたのは父親の家系の遺伝を恐れたためなんだ」

 「そうだったの……」

 「親父は離婚して子供を作れと言ったけど、母さんはジャンヌと一緒にいな
さいと言った。あれは、子供よりも個人のつながりである夫婦関係の方が大
事ということ?」

 「そうよ。会社とか国とか民族とか、大義のために個人の生活を犠牲にする
父さんのような生き方は結局は何かに騙されてるのよ。現世が苦しみばかり
だから来世に幸福を願うとか、天国を地上にもたらすため現在を犠牲にする
とか、宗教や思想はいろいろあるけど、その基本のところを良く理解して、
宗教や思想のために戦争などせんようにせなあかん。どの民族も仲ようやら
なあかんね。霊鷲山とはお前の生きてる地上と無関係なところやない。釈尊
もいちどは居られて、仏法を説かれたことのある、いまお前が生きてる地球
で寂光土を実現することが霊鷲山なんや。幸福いうのは物質的な欲望を満た
すだけやないで。貪はしばしば争そいのもとになる。子を作れば財が欲し
く、財を得るためには世界を支配したくなる。人間の生存欲そのものが人間
を苦しめとるんや。子を作りたくないいうジャンヌの意志は尊重したげるの
がええやろね。それを承知でお前はジャンヌと結婚したんや。核戦争の脅威
が少しばかり薄らいだからいうて初心を変えるようなオポルチュニストに私
はお前を育てた覚えはありませんよ」


 (つづく)

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2011年4月16日 (土)

レクイエム 33

 小型飛行機は鎌倉あたりの海岸から離陸することになっている。団体客に混
じり電車で移動する。海岸を歩いて飛行機に乗りに行く。飛び立った飛行機
の窓から青い海辺のあちこちに水浴客や釣り人の姿が見える。真近に見える
男が竿を振って投げた浮きが水に潜り、ゆっくり立つのが見えた。

 うしろを向くと友人が見え、その背後に黒人が二人座っている。飛行機には
四人の乗客しかいない。山の傾斜を飛行機は上昇してゆく。突然、黄色い遂
道の中を歩いている。高さ五メートル、巾一メートルほどの楕円形のトンネ
ルだ。壁の全面がムギワラで覆われて、どこからか射す光がトンネルの内部
を全体に黄金色に明るませている。

 いままで飛行機に乗っていたのになぜ突然こんなところにいるんだと思った
とたんまた飛行機に座っていた。なぜあんなトンネルにと思った瞬間また黄
色いトンネルを歩いている。こんどは前よりも狭い。先をゆく友達は小柄で
すいすい登ってゆくのに広い肩が両側の壁に触れてしまう。遂道が次第に狭
まってゆくのが感じられる。もう前を向いたままでは進めず横を向いて歩か
ねばならない。顔を壁につけるようにして一歩一歩長いトンネルを蟹のよう
に横這いに進まねばならない。ああ、前進も後戻りもできなくなってしまっ
た。胸と背が両側の壁にくっつき息苦しい。

 無限に長いトンネルの中を進むしかないと思い込む。あと数歩も進めば身
動きがとれず穴の中で完全に行きづまってしまうという恐怖に喉と胸が締め
あげられ額に苦悶の汗が滲み出る。
 もはや後戻りはできず進むしかないと思い込み、一息吸い込むと身体を緊張
させ右肩を前へ進めた。胸と背が壁に圧される。それでも腰を入れ、身体全
体をぐっと押し出す。今度こそ身体全体が狭隘な壁にしっかりと捕らえられ
た。息を吸うのがむずかしく意識が次第に遠くなる。暫くの間、気を失って
いたようだ。


 (つづく)

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2011年4月15日 (金)

レクイエム 32

 「ガリレオがローマ教会に抗して地球は丸いと言い続け、宇宙飛行士が肉眼
で丸い地球を見る時代になりました。仏教のほうが科学的認識、客観的認識、
つまり真理を尊重し、真理に従容として従う精神態度があるように思うので
すが」僕はさらに仏教を弁護する立場に回った。
 
 「生類はすべて死すべきものだから死んでゆくにまかせるというのは悲しい
わね。愛がないわね。そういうものは私には宗教じゃないわ。釈迦の死すべ
き個の運命を透徹した眼で見詰めよというニヒリズムと、キリストの自我の
永続性、個の尊厳、愛の肯定とはまるっきり相容れないわね」ルイーズ先
生。

 「でも日本にも大乗仏教があり仏の慈悲が信仰されてきましたよ。鎌倉時代
から日本の民衆に受け入れられた浄土宗や日蓮宗などの祈祷仏教は、念仏や
お題目を唱えさえすれば誰でも浄土へ行け、即身成仏でき、久遠仏と一体に
なれるという非常に単純化された形で民衆の生命謳歌に応えています。これ
らの宗教とキリスト教とは同じゾロアスター教に起源をもつという説もあり
ますね」
 僕はとうとう母が信じていた日本の民衆仏教を弁護して言った。

 「そりゃ宗教というものは、生命の尊厳とか虐げられ苦悩に満ちた人や、こ
の世の倫理で不正に裁かれた人達の魂の救済をしてくれるものでなければ意
味がないわね。信仰は心の働きそのものなんだから。科学者も心の働きの中
には入ってゆけないでしょう。科学者と信仰は対立するものではないの。信
仰をもった科学者はたくさんいるわ」
ルイーズ先生は長年東洋の研究をされてきたがこの歳になってやはりキリス
ト教がいいという結論に近づいているらしい。

  歴史的にもヨーロッパ人の考えはガリレオに代表されるような物理学的客
観主義とキリスト教に代表される独断と偏見に満ちた超越的主観主義の間を
揺れ動いてきたように見える。主観と客観の闘争はこれからも続くだろう。
弁証法的唯物論のイデオロギーは人間の未来社会を科学的、客観的、必然的
に見せようとして人間の主体性や主観の役割を忘れる誤りを犯した。より良
い未来のために現在を犠牲にするか、不確実な未来など信ぜず現在だけを享
楽するか。人間の生き方にはこのふたつがあるように思える。どちらの極端
にも人間は耐えられない。死後のことは人間には良くわからないのだから、
快不快がはっきり感じられる現世で幸福になりたいと僕は思う。

 科学がもっと発展して神秘のベールを剥ぎ物質や自然や生命や宇宙の根源を
つきとめて欲しい。その時、人間はきっと世界を創ったり変えたりできると
己惚れるだろうが、お釈迦様の手の平を究めたと思った孫悟空と同じで、ま
た金沌雲に乗って飛び立たねばならない宇宙が現れるだろう。遺伝子組み替
えとか染色体移植とかクローン技術とか現代生物・医学、分子生物学が生命
の神秘にいどみ、生命の機構、成り立ち、組成を明らかにし、迷信や愚かな
風習や誤った治療法を改め、人間を病苦から解放し長寿を可能にしてくれる
のはありがたいことだ。それでも、人間が生きてゆく上でのいろいろな問題、
恋愛、闘争、戦争、正義、運命、安楽死、罪と罰など科学で解決がつかない
問題は山ほど残るだろう。パスカルが神が認識不可能なら存在するほうに賭
けようといったのは実に名言だと思う。神が居ないならすべてが許されると
言ったドストエフスキーの言葉が僕は好きだ。

 彼岸から奇跡的にこの世に戻ってきた人の臨死体験は常に感動的だ。彼らは
いちように身近に家族の存在を感じ、愛する人の魂の呼びかけや祈りが蘇生
の力を与えてくれたと証言している。シュヴェヌマン大臣も担当の医療チー
ムの献身と妻と子供が手を握り必死で呼びかけてくれなかったら、この世に
戻ってこれなかったろうと語っている。

 (つづく)

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2011年4月14日 (木)

レクイエム 31

 「デジャヴュというのは前世の記憶なのでしょうか?人間が美しいものに憧
れるのも魂が人間に降りてくる前にイデアの世界に住んでいたからとプラト
ンは言ってますね。現実にはありえない点や線や円を考えられるのも魂がイ
デア界に住んでいたからですかね?」僕は長年の疑問を口にした。

 「プラトンの説はホモの世界で通用することだわ。イデアの超越的実体説は
間違いよ。そんな幻想で結びついてるのが男の世界なのよ。形相(エイドス)
は質料において内在・実現するといったアリストテレスに真実があるの。世
界を良く見てごらんなさいよ。無限の具象で成り立っていて抽象的な線や形
は存在しないじゃないの」

 ルイーズ先生は断言した。男の世界にはそうとう遺恨をもっているらしい。
幾何の定義に疑問を抱いた僕と基本的には同じ認識なので僕はうなづいた。
「お釈迦さんは生きとし生けるものはすべて死す。一切が非我であり無常で
ある。生存欲を断ち、生命のままの姿を認め浮世で尊ばれている価値や倫理
など相対的なものと観ずる時に解脱出来ると説いたわね。でもすべてをある
がままに認めよというのが仏教なら仏教は何も教えていないことになるわ。
ある仏教学者によればお釈迦さんは、我とはなにか、世界は時間的に有限で
あるか無限であるか?霊魂と身体は同じであるか否か?といった問いには答
えなかったそうね。捨置答とか無記とか言われてるらしいけど……」
ルイーズ先生の仏教についての知識も相当なものだ。

 僕は高校生の時に幾何の定義に疑問を持って質問したのに先生が答えなかっ
たことを思い出した。ただ、少し仏教を弁護したい気持ちになり、「こうし
た根源的な疑問は各人が自分で答えを見出すしかないということなのでしょ
うかね」と言った。

 「この世の苦しみの根源は無常なものを永遠のごとく思い誤る魂の主観作用
にあるという考えが仏教にはあるようね。苦しんでる人間に苦しみの根源は
生存欲にあるのだからその欲望を断てというのでは自殺を奨励するようなも
んじゃないかしら。日本には昔からサムライの切腹や神風特攻隊があったわ
ね」ルイズ先生がさらに辛辣な批判を仏教に向ける。

 (つづく)

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2011年4月13日 (水)

レクイエム 30

 「先生はプロテスタントでしたね。唯心論をとると生命は肉体の外にある精
神が肉体を借りて活動する姿ということになる。だから死はあたかも精神が
借家を空け、この世からあの世へ引越しするようなものということになりま
すね」

 「仏教の輪廻転生がそうでしょう」

 「古代インドでは輪廻の主体はアートマンだと考えられていました。漢字で
我と訳されてますね。自我とも霊魂とも生命原理とも言う場合があるようで
す」

 「そのアートマンとはなにかが問題なのよ。あなた説明できる?」

 「僕の知るかぎりではアートマンは不可捉で不壊、いかなる属性も限定もも
たず、言葉、つまり概念によって捉えることができないもののようです
ね」僕は正直に答えた。

 「そういうのを不可知論というわ。」先生は軽い冷笑を浮かべた。

 「僕には我の永続は信じられません。東洋人の僕は漱石の即天去私のように
個の全体への滅却を比較的容易に受容できるんです。でもタマシイというと
なにか違うように思える。キリスト教では個としての魂が存続するのです
か?個の魂は大きな全体の魂に吸収され消滅してしまうのですか?その辺が
僕の知りたいところなんです」

 死後の魂は全体に吸収され個の魂は無くなるのなら、全体の魂が永続しても
個人には大した意味をもたないことになる。個我意識の強い西洋人は個の魂
の存続を望み、東洋人は個の魂の消滅を受け容れるのか。東西の違いはある
にしても、死には悲しみが伴い、その悲しみは個の永別の悲しみであり、個
の消滅を惜しむ感情に由来すると僕は思う。

 「あなたのお母さまは優しいきれいなお方だったわ。亡くなられて残念でし
た」

 「信仰を持っていた母は生と死はわれわれの中にある。人間の身体は日々新
陳代謝を繰り返しているので三年、五年、七年と経てば人間の細胞はすっか
り入れ替わるから、その間にしっかりお経を唱えれば人間を変えることがで
きるんだって言ってましたね」

 「細胞が替わっても変わらない私とは何か。過去の記憶を持ち、過去のこと
を思い出し、未来の予測をしながら生きてゆく自我というものがそれぞれの
人間にあるわね。時間の経過にもかかわらず自己であり続ける。自己同一性
の意識が自己意識よね。自己意識と時間とは関係があるの」ルイーズ先生
がほんのり微笑を浮かべながら言う。

 「うーん。僕にはまだよくわからないな。アートマンについて釈尊は、五う
ん非我説を唱えてますね。身体を構成する物質、感官による対象の受容、識
別作用、記憶、判断作用、を色、受、相、行、識の五うんと呼びます。釈尊
の論理はこうです。永遠不変のアートマンが五うんのいずれかなら人生の無
常ということもなく、無常に由来する悲しみも苦しみもない。しかるに悲し
みや苦しみは絶えず人間について回る。したがって五うんのいずれもアート
マンなどではない」僕は知ったかぶりをして先生に説明した。

 「じゃ何がアートマンで永遠不変と釈尊はいっているのよ?」先生がやりか
えす。

 「これではない。あれではない。ない、ないと否定辞をかさねて到達するし
かないようです。言葉で言い表わせないんだから。各々経験で体験するしか
ないようです」

 「そのへんが東洋的でわれわれ西洋人に理解できないところなの。聖書に
は、はっきり最初に言葉ありきって書いてあるわ。言葉で言い表せないこと
なんてない。どんなことも言語化するのが西洋人の考え方だわ。似たような
ことはアウグスチヌスが言ってるわよ。心には記憶と知解と意志の作用があ
ると。これは父と子と聖霊という神の三つの位相、三位一体に対応するもの
ね。この三つの作用は時間に即して説明されるわ。過去の記憶、現在の直
感、未来の期待。心とは自己の許に時間を把握している意識よ」

 (つづく)

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2011年4月12日 (火)

レクイエム 29

 「そうでしょう。デカルトはキリスト教の霊肉二元的人間観の伝統を受け継
いでるようですね。でもデカルトの心身二元論から心身平行論が生まれ、や
がて人間機械論に行き着くわけでしょう」僕はつっこむ。

 「人間の心は死後、物質の外で実存しかつ作用する。だから人間の心は物質
に依存しないのよ。アリストテレスは、悟性は非身体的で、感覚と違い、身
体から分離されている、と言ってるわ」ルイーズ先生は若いころからの自明
のことのように言った。

 「東洋の物心一如という表現は、われあり故にわれ思う、と言い換えられる
ように思うんです。」僕は思い切って言った。

 「それは人間の本質は意識作用の主体であることではなくて、身体の生理的
作用が人間の最も本質的な存在規定だということですか?」

 ルイーズ先生にかかると厳密な哲学的思考を強いられるので僕はたじたじと
なる。

 「精神とか魂の宿る場所としての肉体をもっと重視していいんじゃないかと
思うので、故意にデカルトのテーゼを逆転してみたんですがね」僕は笑い
ながら言った。

 「心や精神や魂は物質とは別とはっきりと言い切ることが大切よ。近代合理
主義の産みの親のデカルトは、精神と物質をはっきりと分け、空間に延長を
もつ物質は分割できるから科学の対象にし、分解できない心とか精神とか魂
は科学では扱わないことにしたのよ。ただデカルトは脳の松果体で精神が身
体と働きあっているという説を立てたから、精神と物質に相互作用があるか
もしれないという、現代哲学や心理学、ニューサイエンスに繋がる発想をし
てるように思うわ。魂とか霊の存在を考える最近のこれらの学問の傾向は近
代科学の前提そのものが疑われ始めたことを示しているのよ」


 (つづく)

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2011年4月11日 (月)

レクイエム 28

          3

 日曜の午後は僕は大抵、ルイーズ夫人を訪ねることにしている。東洋学者の
彼女は碩学で日本文化にも造詣が深い。僕が数年前東洋への回帰を心の内に
感じ、パリ東洋語学校の夜学へ中国語を習いに通い始めた時、李先生の紹介
で知り合った。ルイーズ夫人は日本の近代文学、特に大正末期から昭和初期
にかけてが専門だ。精神分析にも宗教にも詳しい。

 会社で働いていた十三年間、信仰の問題は棚上げにしていた僕は、唯物論、
唯心論と精神と物質を別けて考える西洋の二分法が良くない。身心一如こそ
東洋の叡智だと考えるようになっていた。死後の問題は考えなくてよかっ
た。僕の母が逝き、ジャンヌの母の葬儀に立会って、「たましい」の問題に
ふたたび突き当たった。身心一如だけなら、肉体が灰になると同時に、霊魂
も消えると見るのが論理的な帰結だろう。中国思想に詳しいルイーズ先生に
この点を確かめたかった。

 「老壮思想で身心一如というとき死後も霊魂が生き続けるという主張はある
のでしょうか?肉体が滅んだ後に霊魂が生き続けるためには、死の瞬間に、
魂は肉体と分離しなければならないですよね」僕の考えをまず先生に言っ
た。

 「待って。霊のほかに、魂魄という漢字があるわ」
 ルイーズ先生は言いながら机の上の辞書をめくった。

 「易経では、魂は人の陽の精気で精神作用を司り死後天に昇る。魄は陰の精
気で肉体を司り死後も地上にとどまるとされる。やはり死によって魂魄が分
離するのよ。李先生によれば、究極不可分のタオが別れてインとヨンになる
んだって。易に大極あり分かれて両義を生ず」
 先生は易経の有名な句を諳んじた。

 「宇宙の究極のタオから陰陽ふたつの状態がわかれるんですか。東洋にも魂
魄とか両義とか、西洋の二分法と同じ考えがあるんですね」

 僕は東洋についての僕の無知を恥じ、デカルトを思い出した。
 「我思う故に我ありというデカルトのテーゼは人間を精神と物質に別けた
時、精神を重視するということですか?」

 「コギト・エルゴ・スムがどうかしたの?」

 ルイーズ先生は鼻眼鏡のまま上目づかいに僕を見て応じる。
「デカルトが言ったのは、考える私は、私の身体から現実に区別されてお
り、かつ私の身体なしに実存するということだわ」ルイーズ先生が答えた。

 (つづく)

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2011年4月10日 (日)

レクイエム 27

 もう十五年も前になるが、ジャンヌに子供が出来かけた。胎児と一緒に子宮
筋腫が大きくなった。ジャンヌは泣き、母親と婦人科医に相談し堕ろしてし
まった。ジャンヌの胎内に宿った微細な生命に分身が出来たと喜んだ僕は、
堕ろしたと聞いた時、心の底から彼女を憎んだ。

 激しい口論の末、彼女は、ふたりとも若いころ子供は作るまいと思ったのだし、
結婚の目的は子供を作るためじゃなかった、子供と私とどちらが大事かと迫った。

 ジャンヌは夫婦の愛情が子供に移るのは嫌だという。子供のために犠牲になるのも嫌だと言った。その場は僕は子供への執着を捨てた。それでも遺伝子を子に伝え僕という個我を持続させたいという欲望は、子が出来かけたのをきっかけにむくむくと膨らみ、折からの米中ソの融和、核削減に向けた進行が人類に希望と
平和を齎すかに見え、状況が変わった、と思わせ、ジャンヌと別れ他の女を
見つけて子供を作ろうとさえ思った。父は賛成し、そうするがいいと言った
が、母は小声でジャンヌと一緒にいなさいと言った。

 (つづく)

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2011年4月 9日 (土)

レクイエム 26

左半身が不随になった母から初めて父の秘密を明かされた。父は幼い時に親
を無くし、お玉婆さんに養子に貰われたのだという。お玉婆さんは父の実の
母親ではなかったのだ。父の父は満鉄の駅長で事故の責任を感じて自殺し
た。母もそれがもとで精神に障害をきたした。お玉婆さんが父を養子に取っ
たのだった。父は幼い時から朝暗いうちに起きて七輪に火をおこし養母の朝
食を用意したという。父は普通の子が味わない苦労を乗り超えてきたのだ。
そういう身の上を自分から子供に話す気にはならなかったのだろう。母も長
いあいだそういう父の話を子供にしなかった。

父母の世代は国民国家の時代で戦争を理由に子供を沢山作ったが、僕は思春
期から、戦争があるうちは子供を作るまいと考えていた。世界には過剰に人
間が居り子供は増え続けている。米ソ二極体制の只中に思春期を過ごした僕
は、母から受け継いだ過敏症と想像力のおかげで、核戦争の可能性を誇大に
考え、毎日のように核爆発を空想し恐怖に戦いていた。子供に核の恐怖を味
わせるくらいなら作らないほうがましだと考えていた。二十四年前、同棲を
始めたジャンヌも過敏症で子供には同じ考えを持っていた。ジャンヌは長い
間、僕の愛し方が足りないと不満を言い続けたが、長年暮らすうちに互いが
他に伴侶を見つける元気もなくなり、現状を受け容れるようになった。

 (つづく)

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2011年4月 8日 (金)

レクイエム 25

聖母マリヤと聖ジュヌヴィエーヴに守られたパリは女性が親切で僕にいつま
でも居るよう薦めてくれた。日本に観光ツアーで来て僕がガイドをしたサッ
クス家に一ヶ月置いてもらった。サックス家は音楽一家だった。ストラスブ
ールから休暇で帰ったベルトランは僕の前でフルートを吹いてくれた。日本
文学を研究していたナデインヌというユダヤ娘をサックス夫人が紹介してく
れ、僕はたちまち彼女のエレガンスの虜になった。夏の暑い日に、身も心も
焼き尽くす恋にのたうちながら屋根裏部屋の窓からパリ解放記念に教会の鐘
が鳴り響くのを聴いた。ナデインヌは男友達をたくさん持っており男を操る
術を心得ていた。彼女はある日エレベーターの中で、厳粛な恋心を抱いてい
る僕を、汚らわしい欲望を抱いた動物のように扱ったので僕の恋は急速に醒
めていった。

カトリーヌは小さくて可愛らしい娘だった。長いあいだ彼女は僕の心にアイ
ドルとしてすみついていた。僕をフランスへ留まらせたいちばんの動機は彼
女の傍に居たいという思いだった。だが彼女と燃え立つような時間を過ごせ
たのはほんの数週間だけのことだった。ナデインヌもカトリーヌも遠くにい
る時、欲望は昂まるのに、近づくと僕の衝動は萎えるのだった。カトリーヌ
はいつも僕を待たせるようになり、日常的話題に飽き、彼女の中国や日本の
文化への無知と偏見に興ざめした僕の心は次第に彼女から遠のいていった。
ジャンヌだけが幼い時の貧困の思い出や欲望の解放といった六十年代の社会
思想を分かち合え、想像力と現実との乖離を味わうことなく付き合うことが
できた。今もジャンヌと居るのは僕の良い悪いも呑み込んでくれる農民的な
ところがいいためかもしれぬ。

 (つづく)

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2011年4月 7日 (木)

レクイエム 24

紛争のさなかに僕はまたも色白の太りぎみの女学生に惹かれた。祖母の太股
は、僕に白い豊かな肉への偏愛を植え込んだようだった。活動家に混って集
会の準備をしていたある夜、疲労困憊した僕はこのまま死ぬのではないかと
不安に襲われた。死とエロテイスムとが強烈な深い関係にあることをその
夜、僕は思い知らされ、その白い肉付き豊かな女と、死ぬ前にせめて一度だ
け合体したいと切に願った。救いを求める積もりでその女に逢引を申し込ん
だが、あなたには興味ないのねとそっけない返事だった。男女間にはイデオ
ロギーで片付かない、ふたりの性格や相性の問題があると僕は思い知らされ
た。女の剥き出しになった背の肉に黒い毛が密生しているのを見たとき、裏
切られた想像力が戦きを発して情動はしぼんだ。それ以来、僕は活動から遠
ざかり、外国へ出ようと本気で考えた。

放浪に憧れ、旅を住み処とする芭蕉の生きざまに習いたかった。次男の僕は
家を継ぐことも出来ず、一生働いて家が持てるかどうかという日本に絶望し
た。日本を出る決意をした時に僕はこれが母との別れになるかも知れないと
いう覚悟でいた。横浜を発つ時、母は桟橋まで見送りに来てくれた。三月の
暖かい春の陽が降り注いでいた。ヨーロッパへこのコースを取って行くこと
を薦めてくれた畑が母と兄夫婦と並んで船にいる僕を見ていた。飄軽な畑は
ジェスチュアで僕が着ていたコートを脱げと合図を送った。出発まぎわに母
が買ってくれた青いデニム地で裏にキルテイングの入った防寒コートだっ
た。シベリア経由、スカンジナビアを通って行く僕のために母がわざわざ都
心まで随いて来て買ってくれたコートだった。僕はコートを脱ぎ、鳴り始め
ていた蛍の光と汽笛とドラにせかされるようにコートのポケットに入れてあ
ったテープを取り出し、母に向かって思い切り投げた。

 (つづく)

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2011年4月 6日 (水)

レクイエム 23

大学に入った年に大学紛争があった。ベトナム戦争と中国文化大革命の影響
でスト派の学生に賛成か反対か態度を明確にせよと迫られ、何もしないこと
はベトナムで空爆を続けナパーム弾を落とし続けるアメリカとそれに追随し
ている日本政府を容認しベトナム人民の虐殺に手を貸す事になるんだという
論理に押しまくられストに参加しデモに加わるようになった。ストは六ヶ月
も続いたため、自主講座に誘われ参加するうち、経済学や革命理論を学ぶ学
習会に引き込まれ夏の合宿に参加する破目に陥った。旅費や宿泊費を捻出で
きる手だてもなく、おずおずと母親に願い出ると黙って聞いていた母はその
日の内に質屋へ指輪を持って行き借りて来た金を僕に渡した。

母がなぜ僕の学習会に加わるための旅費を用立ててくれたのか。息子の激し
い思い込みぶりと、ヴェトナムで弱者が世界最強のアメリカにいじめられて
いるという議論が母の仏教的な憐憫を誘い犠牲を払っても助けようとしてく
れたのだろうか。左翼運動と知りつつ助けようとしたのだろうか。それとも
母の犠牲とはすべてこのように無償のものなのか。

母の自己犠牲を唄ったフランス浪漫派詩人の悲痛な詩を思い出す。ペリカン
が餓えた子たちに与える餌もなく夕方、岩の上に登って自分の肉を与えると
いう詩だ。中国では孝の考えを表わすのに、貧しい家で子供を養えないため
に年寄りを残し子供と嫁を土に埋めてしまうとか、病んだ老人のために子供
は自分の腿の肉を切り取って与えるなどという譬え話を、長い間、親孝行の
見本として語り継いできた。まったく親が子のために犠牲を払う西洋の倫理
とは正反対の行為を賞賛しているのだ。

僕の母はこのような儒教的な孝行をどうみても子に期待してはいなかった。
妹にたいしてどうだったかは確言できないが、少なくとも僕のためには西洋
的な、キリスト教的な自己犠牲を払ってくれた。

 (つづく)

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2011年4月 5日 (火)

レクイエム 22

受験が迫り、愛する人は飛び抜けた秀才なのに僕は落第生で卒業も覚束な
い。二三ヶ月後には確実に別れが来る。受験前の健康診断にクラス全員で診
療所に行った時、目の前に彼女が居て脳波で彼女も僕の想いを感じとめてい
る気配がしたが、歴然たる成績の差に隔てられて僕は口をきくこともできず
にいるのだった。

青年部の本山参詣に加わり、本堂の広大な畳敷きの広間で何千という青年た
ちに混じって勤行をするうち、若者が集団で現世利益を願ってあげる執拗な
祈りの合唱を聴いていて僕は突然不条理な感情に襲われた。こんなにも沢山
の青年が人生に苦しみ悩んでいる。生存欲こそ苦しみの根源なのに、みんな
希望の実現を祈祷している。僕が祈ろうとした彼女への想いなどどこかへ消
し飛んでしまい、数千人の若い男たちの脂ぎった、むんむんする情念と内臓
から滲み出る欲望の響きに、笑いが込み上げてきて抑えることができなかっ
た。

大学受験が重なって僕の自意識は重大な危機に直面していた。青春とは未来
が限りなく可能なようで何事も決められず、何をすべきかがわからず不安の
中にさ迷う時期だ。無限にある可能性の中からひとつかふたつに限定せばね
ばならない。自分の運命を自分で選択し決めなければならないことが耐え難
い苦悩を呼ぶ。

分裂症とも神経症とも区別がつけ難く両方の狭間にある精神病が近頃増えて
いるという。境界症候群というらしいが進路をきめることができず父親の意
向を汲んでいるようなふりをして僕は二年間のモラトリアム時代を過ごし
た。

母は文学全集を購読してくれ、自分の信仰する宗派が文字で書いた曼荼羅を
拝むのが素晴らしいと文字と文学の価値をたたえた。
美術か文学か。西洋への憧れが僕を美術へ誘惑した。だが核に抱いていた恐
怖が僕を美に留まることを許さなかった。核戦争が起これば美術作品などど
んな傑作も一瞬のうちに消滅してしまう。核を廃絶しない限り僕の美への信
仰は安らぎを得られないのだ。言葉を媒介とした文学の方がすくなくとも行
動と結び付く。結局もっとも人間的で日本と遠いフランス語とフランス文学
をやることに決めた。地中海地方の、オリーヴの葉陰の静かな白い壁の建物
の一郭に机を置き、ときどき瞑想しながら仕事ができるのんびりした職場を
空想した。

 (つづく)

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2011年4月 4日 (月)

レクイエム 21

深井に議論をいどまれた僕は「生命とはなにか」について答を見出さねばな
らなかった。オパーリンの本を読むと最も原始的な生命はコアセルベートと
いう高分子蛋白質で人工的に合成できる日も遠くないと書いてあった。生物
の先生は金魚を超低温で冷凍し氷ったまま放置したあと瞬間的に解凍すると
また泳ぎ出すと言った。死んだわけではない金魚は冷凍期間中、生命活動を
停止していたが生命を維持していた。金魚の魂は氷っていた間どこかへいっ
ていたのか?魂も氷ったまま金魚の中にいたのか?物理的に左右されない何
か、魂とか生命原理とかが残っていたから金魚は蘇生したのか?オパーリン
はまた、生命とはちょうどマッチが燃えているようなものだ、酸素と反応し
て軸が燃えるように生命も燃焼と似た現象だと言っている。命が燃え尽きる
という表現もある。寂静とか寂滅とか涅槃の意味のニルヴァーナの語源はニ
ルヴラーナで灯火を風がふっと吹き消すことだという。

深井は大脳生理学を学んで心とは脳の働き以外の何物でもないことを証明す
るんだと言い、明確な目標を持って受験に臨んでいた。僕が持っていたヘッ
セのシッダルタを見て君はそんな世界へ入ってゆくのかと侮蔑的な笑いを口
の端に浮かべた。

唯物論と唯心論のどちらが真実かという問題に心と頭を悩まし、鬱に陥込ん
で心が閉ざされ「何のために生きるか」を繰り返し、ようやく僕の生きる目
的は認識論に答えを見出すことという回答をみつけた。心は脳の働きか、脳
が物質であっても脳の働きを観察するのは精神だろう。精神は物質の働きと
しよう。物質の働きである精神活動自体を外から見ることはあるていど可能
かもしれないが、その内部に入りこんで観察したりはできないし、精神活動
を観察する精神がまた物質の働きであると誰かが証明することは困難だろう
などと考えると、僕は気が狂って頭が割れそうな恐怖を抱き、その頭を壁に
打ちつけてどうにか耐えていた。

僕は棄教した者は頭八裂七分という御受戒を受けた信仰の戒めが与える恐怖
と闘っていたのだ。ある日、新宿の大ガード下で交通事故を見た。バイクの
男が地面に横たわり頭が割れて脳漿が流れ出しアスファルトを黒く塗らして
いた。僕はその時、あんなふうに頭蓋から外へ出た脳髄は自分でそれを意識
できるのかなどと考えた。はみ出た脳髄を外から観察することは出来ても、
その脳髄が何を思っているかは外にいるものには知ることができない。幾ら
科学が発達しても、観察する主体の問題は解決されない。観察者はけっして
観察されている精神の内部に入り込むことはできないし観察している精神の
内部にも入り込むことはできない、と僕は思った。

 (つづく)

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2011年4月 3日 (日)

レクイエム 20

僕の体質には父さんから貰ったものと母さんから貰ったものとがある。母さ
んにあたったのは母さんが女だからだった。親父は出張ばかりして顔を合わ
せるのは二ヶ月に一回ほどだったから鬱憤を母さんに向けるしかなかった。
美しい娘を恋するほど僕の欠陥が目につく。ガニ股。団子鼻。乱杭歯。こん
な僕に産んでくれた責任は母さんにあると僕の弱点をなんでも母さんのせい
にした。コレステロール過剰。過敏症。胃弱。肌あれ。男性ホルモンが少な
いなど、たしかに親父よりも母さんからよけい受け継いだみたいだね。母さ
んのお腹に十ヶ月も居て、その間に母さんの胎盤が環境ホルモンだの有害物
質だのが僕に届かないように保護してくれていた。でも、中にはその防護網
をかいくぐって僕の身体に入りこんだ有害物質があるかも知れないのだから
僕の生理的な条件を決定づけたのはやはり母さんだ。母さんは僕が親父と子
供のころ交わした黙契を履行するよう僕を監視している親父の代理人のよう
だった。高校の授業は母さんの手には負えず、母さんは僕の悩みを理解でき
てもどうしようもなかったよね。

僕の思春期は、未来の不安に毎日が揺り動かされていた。思春期の想像力は
核爆発が明日にもあるように突然世界が太陽の数倍も明るい光に包まれ灼熱
と爆風が一瞬のうちに地上のすべての生きとし活けるものを殺戮し建造物を
破壊してしまう光景を毎日のように想像していた。僕が人類最後の日の光景
を想像するのはちょうど麻薬中毒者が生きるために麻薬を必要とするような
ものだった。

受験制度を呪い、幾何の定義や教師の態度や安保体制や核爆弾を生んだ人類
の科学技術やに懐疑を抱くと、そうした懐疑の片鱗も持たず、自信ありげで
傍若無人に振る舞うように見える級友に僕は嫉妬と怒りを抱いた。一度、僕
が密かに敬愛していた女生徒が四五人のラグビー部と野球部の男子生徒たち
に、嬲り者にされている場面に出くわした。僕はとめどなく溢れてくる性欲
のはけ口をその胸の膨らみの目立つ女生徒に向けていた男たちの前に立ちは
だかりスピッツが吠えるみたいにキャンキャン喚いた。男たちはなぜ急に噛
みつかれたかがわからず、ある種の精神異常者に出会ったような眼付きで僕
を見、気味悪さを感じたらしく黙ってしまった。僕が庇った積もりでいた女
生徒も別にからかわれてさほど痛みは感じていなかったのか何やら白けた顔
で行ってしまった。孤立感に襲われていた僕の精神は被害妄想的になり、男
と女が成熟へ近づくための遊戯をしているのを一方的に女がいじめられてい
ると思い込み、蛮勇を振るって男たちに噛みついたのだった。

 (つづく)

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2011年4月 2日 (土)

レクイエム 19

―― 大学受験を控えてどうしてよいかわからず落着かない時期、母さんに何
か言われるとついヒステリックに言い返したり、時に激しい言葉で罵ったり
したね。唯物的、科学的に推論してゆくと祈りが馬鹿げたものに見えたんだ。
自然現象を祈りによって変えることなどできるものか。みんな阿片に酔わさ
れているんだ。政教一致をめざすのは戦前のファシズムと同じだ。今の日本
が憲法と自衛隊が矛盾したへんな国になったのも負ける戦争をした大人が悪
い。日本の戦争責任を中国や韓国から追求されて、僕たちが大人になったら
責任を取らなきゃならないのか。ほんとなら親父に当たりたかったのだが親
父はいない。母さんは戦争の体制には知らないまに組み込まれていったんだ
から、どうしょうもなかったと弁明した。超国家的軍国主義体制を作るのを
容認したのはあなたがたじゃないか。天皇を現人神とか宗教と政治を一緒く
たにして国民をファナチックな戦争に駆立てた。国民だって天孫降臨を信じ
てたのじゃないですか。体制の嘘にされるがままだったのがいけないんだ。
はっきり抵抗も反抗もしなかったのが悪い。そんなことを言って母さんを困
らせたね。父親を殺したい王子をなだめる言葉も知らない王妃はエデイプス
を庇いさえした。

いきり立って叫ぶ息子を前に母さんはどうしようもなく困ったにちがいない。
息子は病的なほどヒステリックに喚き散らすし、母への思いやりとか儒教的
な敬意とかましてや戦時中のファシズム体制に組みこまれた世代への理解な
ど思いもよらない。社会に眼を向けやっと政治イデオロギーがあると知りは
じめた少年が急に態度を鮮明にしなければならないあせりから少女のように
苛立っていたのだから。

僕は母さんから受け継いだものを僕の肉体のうちにありありと感じていたた
めに苛立ってあんなにヒステリックになった。もっといえば僕が他の男の同
級生と比べ性的に遅れている原因を母さんにぶつけたんだと思う。
知人からこれがわたしの娘ですなどと紹介されその子がものの見事に親から
受け継いだ特徴をみるとほんとに造化の妙を感じるよね。僕は母さんの肉の
組織や色つやや顔の形や眼や額や眉や口許まで特徴を受け継いだ。母さんか
ら染色体を受け継ぎ、母さんの個性の一部を受け継いだ。母さんはその意味
では僕の中にまだ生き続けている。思春期の僕はそれまで甘やかされていた
少年期から急に他の町から競争を勝ち抜いて集まってきた未成年者の中へ入
り、それだけでも危機なのに、安保や政治イデオロギーや宗教やいままで経
験したことのない世界に対処しなければならなかった。瀬戸内地方の温和な
気候に加えて気立ての優しいお祖母ちゃんと二年間も幼年時代を過ごした僕
は逡巡することに楽しみを覚えるのんびりした性格を持ったと思う。のんび
り出来ない環境に置かれるとヒステリックになり、浅野の殿様のように感情
を抑制できなくなる。姫路の駅前で果物屋を営んでいた母さんの父が昔のサ
ムライによくある癇癖を持っていたね。

(つづく)

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2011年4月 1日 (金)

レクイエム 18

男の無意識の中の女性像は「アニマ」と呼ばれている。恋する男は「アニマ」
を相手の女の上に投射する。白いぽちゃぽちゃした肌に惹かれるのは、僕の
無意識に潜んでいる祖母の肉付きの良い白い太股のいたづらかもしれない。
心は絶えずお人形さんの黒い瞳と可愛らしい鼻と口を想っていた。想うとと
もにはっきりと胸が物理的に痛むのだから思春期の内分泌腺の働きと関係が
あるのだろう。僕は想うだけで彼女との肉体的な接触、肉体的な所有を望み
はしなかった。プラトンの魂は身体やすべての感覚にまつわるものを不完全
などうでもいいものと見做す。魂は愛の翼にのってイデア界に飛んで帰りた
いと思う。身体という牢獄から自由になりたいと思うのだ。
それとも僕は彼女の中に僕の「影」を見ていたのだろうか?同性愛者は「ア
ニマ」と自己を同一化する。「影」は第二の自我であり、ナルシシズムから
由来するものだ。彼女を想いながら自分を想っていたことになる。

まわりの男達の現実主義が僕には我慢できなかった。彼らが猥談に耽ったり
性的な唄を歌ったり、軟派して何回やったとか転がしたとか夜陰に乗じて部
屋に忍びこんで同衾したとか自慢げに言うのを耳に挟むと彼らの肉の快楽を
想像して楽しんだが、僕は現実の女の性に触れることは恐ろしくてできない
と感じた。近くに彼女を見たり、心で彼女を想うことで喜びを感じる方が僕
には大きな快楽のように思えたのだ。

「饗宴」の中でソクラテスはデイオテイマという婦人に名を借りて肉体に生
産欲を持つ者と心霊に生産欲をもつ者を別け、後の人々は「肉親の子供があ
る場合よりもはるかに親密な共同の念とはるかに強固な友情とによって互い
に結びつけられる、その共有するものがいっそう美しくていっそう不死な子
供なのですから」と言っている。

僕は美術を選択し、ずっと画家に憧れていた。放浪画家となりフランスへ行
ってモンマルトルあたりの街頭で絵を描くところを夢見たりしていた。概念
的な言葉より自分の肉眼で見た美しいものをキャンバスに定着することが価
値のある行為と信じられた。

 (つづく)

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