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2011年4月 5日 (火)

レクイエム 22

受験が迫り、愛する人は飛び抜けた秀才なのに僕は落第生で卒業も覚束な
い。二三ヶ月後には確実に別れが来る。受験前の健康診断にクラス全員で診
療所に行った時、目の前に彼女が居て脳波で彼女も僕の想いを感じとめてい
る気配がしたが、歴然たる成績の差に隔てられて僕は口をきくこともできず
にいるのだった。

青年部の本山参詣に加わり、本堂の広大な畳敷きの広間で何千という青年た
ちに混じって勤行をするうち、若者が集団で現世利益を願ってあげる執拗な
祈りの合唱を聴いていて僕は突然不条理な感情に襲われた。こんなにも沢山
の青年が人生に苦しみ悩んでいる。生存欲こそ苦しみの根源なのに、みんな
希望の実現を祈祷している。僕が祈ろうとした彼女への想いなどどこかへ消
し飛んでしまい、数千人の若い男たちの脂ぎった、むんむんする情念と内臓
から滲み出る欲望の響きに、笑いが込み上げてきて抑えることができなかっ
た。

大学受験が重なって僕の自意識は重大な危機に直面していた。青春とは未来
が限りなく可能なようで何事も決められず、何をすべきかがわからず不安の
中にさ迷う時期だ。無限にある可能性の中からひとつかふたつに限定せばね
ばならない。自分の運命を自分で選択し決めなければならないことが耐え難
い苦悩を呼ぶ。

分裂症とも神経症とも区別がつけ難く両方の狭間にある精神病が近頃増えて
いるという。境界症候群というらしいが進路をきめることができず父親の意
向を汲んでいるようなふりをして僕は二年間のモラトリアム時代を過ごし
た。

母は文学全集を購読してくれ、自分の信仰する宗派が文字で書いた曼荼羅を
拝むのが素晴らしいと文字と文学の価値をたたえた。
美術か文学か。西洋への憧れが僕を美術へ誘惑した。だが核に抱いていた恐
怖が僕を美に留まることを許さなかった。核戦争が起これば美術作品などど
んな傑作も一瞬のうちに消滅してしまう。核を廃絶しない限り僕の美への信
仰は安らぎを得られないのだ。言葉を媒介とした文学の方がすくなくとも行
動と結び付く。結局もっとも人間的で日本と遠いフランス語とフランス文学
をやることに決めた。地中海地方の、オリーヴの葉陰の静かな白い壁の建物
の一郭に机を置き、ときどき瞑想しながら仕事ができるのんびりした職場を
空想した。

 (つづく)

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