« 夏の山脈 9 | トップページ | 夏の山脈 11 »

2011年4月21日 (木)

夏の山脈 10

表で車のエンジンの音が聞こえて来た。車は坂道をゆっくり登り、テラスの向こうの庭に停まった。

「キャサリンが帰ってきたな」

辻さんが立ちあがってドアの方へ迎えに行った。

「キャサリン。カズの友達のヨーイチ」

「こんにちわ。トオルの招きに甘えて。今晩泊まらせてもらいます」

キャサリンは想像していたよりずっと堂々とした体格の女性で、胸も腹も腰もどっしりと大きく、辻さんが小柄なぶん、余分に肉をつけた感じだった。辻さんが引き締まった身体なので連れ相も自然瘠せ型で芸術家タイプだろうと想像していたのだったが、肉付きの良い落着いた風貌は変わったカップルという言葉が出てきそうだった。

「キャサリンは十年間インドに住んでたんだ」

辻さんがテーブルに戻ってきて言った。

「どうりで……。それなら、不思議でもなんでもない。わかりますよ。どうして、お二人が同棲するようになったかが」

「今は画廊をまかされて、そこでボクの作った陶器を売ってるんです。
彼女はボクのアトリエの生徒だったんや。
ボクをスキやいうことになって……。教えゴに手え~つけてしもたんや」

辻さんは煙草を箱から出して銜えた。ニヤニヤしながら話すので落ちそうになる煙草を手で取り直してからマッチを擦ってタバコに火を点けた。発火の炎や煙に眼を細めたのは、恥ずかしさやら誇らしさを隠すためでもあるらしかった。

その晩、辻さんはすき焼きの材料でバタ焼きを作りご馳走してくれた。夕べはすき焼きを作ったから材料はどっさり余っとるんや。二晩続けてすき焼きもなんやからバター焼きにしょうか、と辻さんは余った材料で客をもてなすことことを何か済まなそうに言った。
旅先の一泊目に家庭料理が食べられるだけで陽一はかたじけない思いがしていた。

「なにか手伝いましょうか?」

陽一は台所に立って野菜や豆腐を切っている辻さんに訊いた。

「いや。もうほとんど準備できてますから、釣りの雑誌でも見ててください」

サロンと一続きになっている広い台所は、流しと調理台とレンジが一連の巾の広い木の板に嵌め込みになっていた。調理台の延長がそのままテーブルになっていて、サロンと食卓の置いてある食堂の側からもスツールに腰を降ろせば簡単な食事ができるようになっている。

「広くていいデザインですね。このキッチン」

「いいでしょう。ボクが設計して、大工に作らせましてん。カズに頼むと高いから」

白木は建築家なのだ。

 (つづく)

ポチッと応援ありがとうございます↓
連載の励みになります。

にほんブログ村 小説ブログ 長編小説へ
にほんブログ村

|

« 夏の山脈 9 | トップページ | 夏の山脈 11 »

小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1025232/39689794

この記事へのトラックバック一覧です: 夏の山脈 10:

« 夏の山脈 9 | トップページ | 夏の山脈 11 »