« レクイエム 18 | トップページ | レクイエム 20 »

2011年4月 2日 (土)

レクイエム 19

―― 大学受験を控えてどうしてよいかわからず落着かない時期、母さんに何
か言われるとついヒステリックに言い返したり、時に激しい言葉で罵ったり
したね。唯物的、科学的に推論してゆくと祈りが馬鹿げたものに見えたんだ。
自然現象を祈りによって変えることなどできるものか。みんな阿片に酔わさ
れているんだ。政教一致をめざすのは戦前のファシズムと同じだ。今の日本
が憲法と自衛隊が矛盾したへんな国になったのも負ける戦争をした大人が悪
い。日本の戦争責任を中国や韓国から追求されて、僕たちが大人になったら
責任を取らなきゃならないのか。ほんとなら親父に当たりたかったのだが親
父はいない。母さんは戦争の体制には知らないまに組み込まれていったんだ
から、どうしょうもなかったと弁明した。超国家的軍国主義体制を作るのを
容認したのはあなたがたじゃないか。天皇を現人神とか宗教と政治を一緒く
たにして国民をファナチックな戦争に駆立てた。国民だって天孫降臨を信じ
てたのじゃないですか。体制の嘘にされるがままだったのがいけないんだ。
はっきり抵抗も反抗もしなかったのが悪い。そんなことを言って母さんを困
らせたね。父親を殺したい王子をなだめる言葉も知らない王妃はエデイプス
を庇いさえした。

いきり立って叫ぶ息子を前に母さんはどうしようもなく困ったにちがいない。
息子は病的なほどヒステリックに喚き散らすし、母への思いやりとか儒教的
な敬意とかましてや戦時中のファシズム体制に組みこまれた世代への理解な
ど思いもよらない。社会に眼を向けやっと政治イデオロギーがあると知りは
じめた少年が急に態度を鮮明にしなければならないあせりから少女のように
苛立っていたのだから。

僕は母さんから受け継いだものを僕の肉体のうちにありありと感じていたた
めに苛立ってあんなにヒステリックになった。もっといえば僕が他の男の同
級生と比べ性的に遅れている原因を母さんにぶつけたんだと思う。
知人からこれがわたしの娘ですなどと紹介されその子がものの見事に親から
受け継いだ特徴をみるとほんとに造化の妙を感じるよね。僕は母さんの肉の
組織や色つやや顔の形や眼や額や眉や口許まで特徴を受け継いだ。母さんか
ら染色体を受け継ぎ、母さんの個性の一部を受け継いだ。母さんはその意味
では僕の中にまだ生き続けている。思春期の僕はそれまで甘やかされていた
少年期から急に他の町から競争を勝ち抜いて集まってきた未成年者の中へ入
り、それだけでも危機なのに、安保や政治イデオロギーや宗教やいままで経
験したことのない世界に対処しなければならなかった。瀬戸内地方の温和な
気候に加えて気立ての優しいお祖母ちゃんと二年間も幼年時代を過ごした僕
は逡巡することに楽しみを覚えるのんびりした性格を持ったと思う。のんび
り出来ない環境に置かれるとヒステリックになり、浅野の殿様のように感情
を抑制できなくなる。姫路の駅前で果物屋を営んでいた母さんの父が昔のサ
ムライによくある癇癖を持っていたね。

(つづく)

ポチッと応援ありがとうございます↓
連載の励みになります。

にほんブログ村 小説ブログ 長編小説へ
にほんブログ村

|

« レクイエム 18 | トップページ | レクイエム 20 »

小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1025232/39426112

この記事へのトラックバック一覧です: レクイエム 19:

« レクイエム 18 | トップページ | レクイエム 20 »