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2011年4月19日 (火)

レクイエム 36 (最終回)

「 母さん、僕は勤行の代わりにフルートを始めました。息を使うところが
お経を唱えるのと似ています。魂や精神は息と呼吸に関係があるんじゃない
でしょうか。絵しかわからなかった僕は子供のときにコンプレックスを抱い
た音楽というものを理解したいと思っているんです。フルートの音は人間の
喜びや悲しみの声、たましいにいちばん近いような気がします」

「 ほら、また絵のほかに手つけた。父さんの二の舞を踏まんようにしなさい
よ。ジャンヌにねじこまれんように」

「ええ、ほどほどにしときます。母さん。成仏してほんとによかったね」

「ああ。モーツアルトのレクイエムが鳴ってる。
天使の声が花園を想わせる。
天空では神々が楽器を奏で、マンダーラ花の雨を降らす。
諸天は天の鼓を撃ちて、常に衆の伎楽を作し、
曼陀羅華を雨(ふら)して仏及び大衆に散ず。
諸天撃天鼓。常作衆伎楽。雨曼陀羅華。散仏及大衆」

母の藤色の身体がリズムに合わせほんのわずか舞うのが見えた。

「お迎えが来たようじゃ。そろそろ帰らんと」

「もうお帰りにならなければいけないんですか」

「お別れに釈尊の自我偈をお前と地上のひとびとに贈るわ。お前も一緒に唱
えなさい」

「自我偈というと如来寿量品の〆の句?」

「そうや。この偈には立場によりふたとおりの意味がある。私とお前が唱え
たら完全なものになるのや。何をもってか衆生をして、無上道に入り、速や
かに仏身を成就するを得しめん」

母は両手を合わせ、僕に慈愛の眼を向けて言った。
僕は両手を合わせ母に唱和した。

「毎自作是念。以何令衆生。得入無上道、速成就仏身」

( これをもちましてレクイエムを終わらせて頂きます。長い間、ご愛読ありがとうございました。 )

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