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2011年4月22日 (金)

夏の山脈 11

高井から住所を教えて貰ってすぐ陽一は白木に手紙を書いた。十二年振りのことだった。

「長い間無沙汰をして済まなかった。相変わらずパリに居る。君もずっとエドモントンにいるんだね。今まで自分の事に精一杯で時々は君の事をふとどうしてるかなと思いながら、誠に慙愧に堪えないが、引っ越しの時に君の住所を無くしてしまい便りが出来なかった。高井が住所を教えてくれたので、ようやく便りが出来る。

年齢を重ねると青春のあの頃が懐かしいね。つい三十代の半ばまでは、あの青春の胸の高揚が蘇る日々もあったが、四十を超えてしまうと肩も凝り身体中骨鳴りがして、あの時代がもう遙かな昔に感じられるよ。いつかはあの時代の事を書きたいと思いながら、それも出来ぬうちに時ばかり過ぎ去り、胸のうちの熱い想いも次第に薄らいで行く。

考えてみればあれらの過ぎ去った日々の時間を共有しているのは地上で君と高井だけなんだからな。それぞれの記憶の中にしか、あれらの日々は影を留めていないのかと思うと、たまらなく君たちが懐かしいよ」

その手紙を出したのは一九八六年の暮れか八七年の正月だったと思う。パリの冬は暗く、永かった。正月も終わりかけた頃、白木から返事が来た。横長の二つ折りのカードに、雪の中の小学校の絵が建築家らしい直線で描かれ水彩が施してあった。

「これは僕が去年設計して、八六年のカナダ建築家賞を貰った時、会社で作ったクリスマスカードです。一枚だけ残っていたので送ります。
カナダに移住してきたフランス人とインデイアンの合いの子の部落、メテイーと呼ばれている部落の子供たちのための小学校です。
僕が子供の頃、育った日本の朝鮮人部落の想い出と、いま別れようとしている家内との間に出来た娘の事を思い、心を込めて設計しました」と認めてあった。

橙と黄と緑の色がところどころ装飾的に彩りされた簡素な学校は、雪の高原に住むインデイアンの混血児たちを受け入れるに相応しくシンプルで清潔で、それでいて民話の持つ温かみと味わいがあった。

 (つづく)

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