« レクイエム 34 | トップページ | レクイエム 36 (最終回) »

2011年4月18日 (月)

レクイエム 35

「ほんとに子供を残さなくても母さん後悔しない?」

「後悔なんかとっくに通り越しました。子供いうても別の個人なのやから。
お父さんと一緒になった時、わたしは家のことなんかより個人の幸せが大事
や思てたからね。子供がなくても人生には仕事があるやろ。お前はいろんな
ことに興味を持ち過ぎたんや。まあ、まだあと二、三十年はお前に人生が残
されてるやろから、なにかにしぼってちょっとずつまとめてゆくことやね」

「母さん。済まなかったね。生前に母さんの考えをよく理解できなくて。死
はより自由な存在に至るための第二の誕生だと言った哲学者もいるけど、母
さんはずっと深い考えをとっくに持ってたんだね」

「ジャンヌと仲よう暮らしてゆきよ」

「はい。ジャンヌは仏教的な考えをすこしずつ理解してます。彼女は子はも
とより財を持つ貪欲もない。食に関してはビクシュニー(比丘尼)のように
恬淡で不殺生戒を守ってます。羊や牛は可哀相だから食べないで、ほとんど
野菜ばかり食べてます。僕らが買った家は雨露をしのぐ程度だし、今の家を
買ったとたんもうもっと人里離れた他所へ引っ越すことを考えてます。一所
不住ですね。ただ衣に関してだけは欲を断てないようでセールがあると眼の
色を変えます」

「そりゃ、ファッションの国だもの」

「母さん、この春ふたりで庭に薔薇と菩提樹を植えましたよ。西洋の菩提樹
はお釈迦様の菩提樹と種類が違うらしいけど、ジャンヌも僕もこの木が大き
くなったらその影で、バラに囲まれて昼寝をしたいと想ってるんです」

「菩提樹の下で禅定ね。そりゃいいわ」

「仏教はふつう女人は成仏できないと教えてきたでしょう。母さんは法華経
は女性も成仏できると説いていると言ってましたよね。たしか、提婆達多
(ダイバダッタ)とかいうお釈迦様の敵になった弟子がどうしたとか」

「あれは、法華経の第五の巻の提婆達多品にあるの。紫式部が法華経の三十
講を聞くために土御門天皇の御殿へ参上し、五月五日に第五の巻の提婆達多
品を聞いて、女人も必ず成仏することができるという教えに触れて、感激に
うちふるえて、詠った歌があるの。

たへなりや今日は五月の五日とていつつの巻にあへる御法も

母さんも苦労したけど、父さんの気力にはかなわない。お玉婆さんの看病と
四人もの子育てで気が狂いそうな時に、外で女と芸事やいうて遊んでたでし
ょ。実家へ帰らして貰ういうて詰め寄ったら、ぷっつり尺八を止めてしまわ
れた」

「あれは子供たちには残念でしたよ。父さんが尺八で身を立ててくれてた
ら、もっと楽しい家庭になってたんじゃないかと思う」

「アホいうたらあかん。尺八なんかで子供の四人を病人とを養っていけるも
んか。きっぱり尺八を止めて仕事一途に打ち込んだ父さんはやはり偉い。
勲章までもろたもの」


 (つづく)

ポチッと応援ありがとうございます↓
連載の励みになります。

にほんブログ村 小説ブログ 長編小説へ
にほんブログ村

|

« レクイエム 34 | トップページ | レクイエム 36 (最終回) »

小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1025232/39661181

この記事へのトラックバック一覧です: レクイエム 35:

« レクイエム 34 | トップページ | レクイエム 36 (最終回) »