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2011年4月17日 (日)

レクイエム 34

 つぎの瞬間、身体が軽くなり、全体が明るい黄色い光に満ちた広い空洞の中
に立っていた。そこは何か鍾乳洞の大広間のようだったが、そこを行けばさ
らに広い開け放たれた空間につながっている気がした。胸が期待でふくらみ
はじめた。誰かに会える予感がした。前方に背の高い痩せた淡い藤色の服を
着た女性が浮くように立っている。ああ母さんだと思う間もなく、僕は女性
と向き合っていた。

 母は見慣れた微笑を湛えていた。しかし、生前の母よりもどことなく西洋婦
人の表情が、肉の質感や顔の筋肉や骨格に漂っているように感じられた。
「母さん、西洋人に生まれ変わったのかい?」
母は笑って頷いた。こころもち唇が昔より厚くなったようだ。それに歯並び
が美しい。

 「お前はフランスへ行ってしまったし、そこで死ぬかもしれんやろ。死んだ
後もお前に会えますように願ってたらこんなんになってもたんや」

 「母さんに会えるなんて夢にも思わなかった。どうです?あの世の住みごこ
ちは?」

 「私のこの世かい?まわりは仏さんばっかりでほんにええとこや」

 「常住霊鷲山ですか」

 「そうや。天人常充満。園林諸堂閣。種々宝荘厳。あのとおりや。花や果物
がいっぱいの宝の樹がようけ生えた花園でみんな音楽を聴きながら楽しゅう
遊んで暮らしてます。お前が怖がってた核戦争で地球が火の海になって滅ん
でも、私のおる仏国土は安穏や」

 「仏さんや菩薩や声門や縁覚や人間より上の世界に混じることができてほん
とによかったね、母さん」

 「お前は途中で信仰を棄てたり、私の信仰を誹謗したから私のように成仏は
できませんよ。最後まで信仰を棄てなんだから私はどうやら即身成仏でけた
んや。お前も私が死んだ時にお経を思い出して半分くらい唱えとったから、
こうして会わせてもろたのやろ」

 「母さん。僕はいつか母さんとふたりきりで花見に行った時に言わなければ
と思って結局言えなかったことを、言う。母さん…。ジャンヌが出来かけた
子を堕ろしたのは父親の家系の遺伝を恐れたためなんだ」

 「そうだったの……」

 「親父は離婚して子供を作れと言ったけど、母さんはジャンヌと一緒にいな
さいと言った。あれは、子供よりも個人のつながりである夫婦関係の方が大
事ということ?」

 「そうよ。会社とか国とか民族とか、大義のために個人の生活を犠牲にする
父さんのような生き方は結局は何かに騙されてるのよ。現世が苦しみばかり
だから来世に幸福を願うとか、天国を地上にもたらすため現在を犠牲にする
とか、宗教や思想はいろいろあるけど、その基本のところを良く理解して、
宗教や思想のために戦争などせんようにせなあかん。どの民族も仲ようやら
なあかんね。霊鷲山とはお前の生きてる地上と無関係なところやない。釈尊
もいちどは居られて、仏法を説かれたことのある、いまお前が生きてる地球
で寂光土を実現することが霊鷲山なんや。幸福いうのは物質的な欲望を満た
すだけやないで。貪はしばしば争そいのもとになる。子を作れば財が欲し
く、財を得るためには世界を支配したくなる。人間の生存欲そのものが人間
を苦しめとるんや。子を作りたくないいうジャンヌの意志は尊重したげるの
がええやろね。それを承知でお前はジャンヌと結婚したんや。核戦争の脅威
が少しばかり薄らいだからいうて初心を変えるようなオポルチュニストに私
はお前を育てた覚えはありませんよ」


 (つづく)

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