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2011年5月14日 (土)

夏の山脈 15

「ああ。ええとこにきてくれたよ」
和雄は青白い顔に憂いの影を漂わせたまま笑顔を作って陽一を迎えた。
あの日、陽一は独りで過ごす午後がやり切れなくて和雄の下宿を訪ねたのだった。ちょうど考え事してたとこや。独りで居ると気が滅入ってな。和雄はそんな風なことを言い、陽一は持ってきたスケッチブックに和雄の孤独に悩む青春の姿をパステルで描き、背景の壁を黄緑に塗った。いや、黄緑だったのは和雄が着ていたセーターで、壁紙は別の色だったか?

数日前に、和雄は姉さん夫婦のアパートを出てその下宿に移った。親の家に暮らしている陽一には下宿生活というものが羨ましくもあり、和雄の引っ越しを手伝いに行った。二人は両手に提げられるだけの荷物を移してしまうと、近所のトリス・バーでハイボールを飲み、ドブ川の臭いのする交差点で別れた。和雄はサンダルを履き、ジーパンのポケットに左手をつっ込んだまま、右手を挙げて、手の平を陽一に向けて「じゃあ」と別れの挨拶をした。ちょうど西部劇のインデイアンが「ハオ」と言って挨拶する時のように。

最初に和雄と出会ったのはいつの事だったか?中学三年の二学期に、すでに陽一は和雄のその特異な後ろ姿を見ていたような気がする。それは、今思えば、周囲の中学生仲間とは際立って違い、反抗的な雰囲気を漂わせた少年の後ろ姿だった。陽一は、その新入りの生徒が、富山の山奥から出て来た転校生だという噂を聞いた。

確かにそれは個性的な歩き方だった。和雄の歩き方には、普通の中学生が持つ、あわただしく、すばしこい、ちょこまかとしたところが微塵も無く、落ち付き払った、重厚な、尊大とそも感じられる歩き方。少し誇張して言えば、彼をとりまく世界と緊張をはらんだ対決が感じられる大人の歩き方だった。どこか人の視線を意識して一歩一歩歩幅を大きく確実に踏み出す歩き方だった。そのうえ、小さくまとまった尻が形良く出っ張っていた。肩幅がやや狭く、黒の詰襟の学生服の上に大きな頭が、ひしゃげた学生帽を載せ不遜なほど真っ直ぐ前を向いていた。

初めて親しく口を利いたのは、高校に入学し、同じバスケット部に入ってからだった。バスケの練習の時も、和雄は相変わらず一歩一歩を大股に確実に踏み出す走り方をしていた。汗で汚れ鼠色になったショートパンツから形良くひきしまった尻を突き出し、腕を前へ突き出しては、空気を手で搔くように引く。ひとつひとつの動作に気合が入っているようだった。

部室に帰って着換えをした二年生が帰り、部室の掃除とボールの手入れの当番だった陽一と和雄が二人だけ残った。運動着と靴の饐えた汗の臭いと保革油とボールの皮の臭いが部屋に充満していた。ベンチに腰掛けた和雄が、バッシュの紐を解きながら言った。

「おれはなあ。子供のとき……」何気ない口調で秘密を打ち明ける和雄は陽一には随分大人びて見えた。関西弁に近い訛りのせいかもしれないが、どことなく年寄り臭い響きがある。それが陽一が和雄と初めて親しく口をきくようになったきっかけだった。

 (つづく)

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