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2011年7月に作成された投稿

2011年7月12日 (火)

夏の山脈 22

「白木が家出をしたぞ。もう五日前から姿をくらまして、どこへ行ったかわからない」

高井が教えてくれたのは、前々日のことだった。陽一は別件で高井に電話したときに、高井はそう言うと、白木が心配だから、白木の義理の兄さん、安藤さんに会いに行こうと誘った。
 
「これは、わざわざどうも」
安藤さんは、板みたいに薄く巾の広い肩を前に倒して陽一と高井に挨拶をした。
 「弟が、いつもお世話になってます……」

 「こんどは、こんなことになって……」
陽一はうまい挨拶が見つからず、そういって頭を下げた。
 
 「弟のやつ、行方をくらましてもう一週間経つんだが、どこへ行ったんだか。心配なもんですから……。弟が、親しくしてる、佐伯君や片山君に、心当たりがないか訊いたんですが、ふたりの前からも姿をくらましたまま、まったく音沙汰が無いというので、どうしたものか」

 「ぼくも、片山から聴きました。白木君の悩みというか、その辺のことも、よく聞いてましたので、ぼくらも、心配で。ひとごとじゃないって気がするもんですから」
高井が陽一よりは大人びた口調で安藤さんに言った。

 「弟は東京にはいなくて、どこかへ行ったとおもうんですよ。ぼくの推理だと、たぶん京都だと思うんです。彼は京都が好きだし、憧れをもってますから」
 
 「ああ、やっぱり、そう、思いますか。じつは、ぼくも、そう思っていたので、いま、言い出そうとしたところだったんです」
 
 高井と陽一は、その日、学校を休んで、安藤さんのアパートを訪ねたのだ。
 
 「安藤さん。ぼく、行ってきますよ。白木君を探しに。京都へ」 
 高井の誠実さがこもった声が響いた。

 「ああ。それは、ありがたい。ぼくもできれば、二三日仕事を休んで、探しに行きたいんだが、ここんところ手が抜けなくて……。それに風邪を引いちまって、かったるくて、ちょっと動くにも苦痛なもんですから」

 「だいじょうぶですよ。白木のことだから、たぶん、喫茶店かどこかでアルバイトを見つけて、うまくやってるでしょう。ただ、学校だけは卒業しといたほうがいいから。高校中退じゃあ、どうにもね。先がたいへんだろうから」

 高井は、そう安藤さんに請合い、翌日ほんとうに京都へ発ち、三日後には白木を連れて戻って来たのだ。

 「そりゃあさ。兄弟っても、義理の兄さんだし。国籍が違うってことで、白木が悩んでるのを安藤さんも、なんとかしてやりたいと思うけど、ひとりじゃどうにもできないところもあるから……。
 いろんなことで、不満はでるだろうけど、将来建築家になるのをめざして、三年鳴かず飛ばず、じっと辛抱して、安藤さんの助手として使ってもらうのがいちばんいいんじゃないか。そう、説得してみたんだ。京都の、やっぱり、喫茶店でアルバイトの給仕をしてるところを見つけたんだ。偶然だったよ。ほんとに」
 陽一は高井の友情と、義理堅さに頭がさがる思いがした。

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2011年7月 5日 (火)

夏の山脈 21

思春期を迎え陽一の言葉が多少複雑になった。初恋という言葉があり、園子という瞳の黒い娘を恋していた。恋をするのはなぜだろう?なぜあの娘だけに恋をするのか?

倉田百三によれば本能としてより優れた子孫を残したいが故により優れた男、より美しい女に恋をするのだと。したがって女は優れた男性を選ぶ義務、劣った男を拒む権利があると、なんだかナチスの優性遺伝理論を肯定したようなことを書いていた。

プラトンは本来一つであった人間が二つに切り離され元に戻りたいので恋をするのだと。旧約聖書では、神は地上で最初の男をホコリに生命の息吹を吹きかけて造り、最初の女をアダムのアバラ骨を切り離して造った。プラトンの説明は同性愛の説明に良く使われ、旧約聖書は、男権社会の肯定、男の付属物として女はあるという主張の正当化に使われている。

陽一が和雄に惹かれた理由の一つに和雄の容貌があった。和雄は肌の色が象牙色で地肌が芯から白かった。彫刻的な端正な顔立ちに東洋的な丸みを帯びた興福寺の仏像が持っているような形の良い鼻をしていた。陽一はそうした和雄の西洋と東洋の混合した貌の美しさに惹かれていたのだった。

あの頃、青春時代には何という胸のときめきと高まりがあったろう。崇高なものを崇める気持ち、気高いものを追いかけ自分の身を高めたい。真実に身を挺し、真理に身を捧げたい。そういった欲求が絶えず胸のうちに沸くように生れ、衝動となって高まっていった。その衝動に突き動かされるようにしては、街をほっつき歩き。友達の下宿を訪ねた。誰も居ない美術室のミロのヴィナスやミケランジェロのダヴィデの石膏像をどんなに讃嘆の眼で眺めたことか。うつくしいものへの憧憬が胸をしめつけ、悲しいまでにせつない思いに胸を焼いたことか。


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