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2011年8月18日 (木)

夏の山脈 23

頭の帽子をパッとわしづかみにするや、腕を前に突き出しては空気を手で搔くように引き形の良い尻を突き出して走る、例のあの走り方で和雄は小西さんを追って行った。そうだ、あの時、和雄は学校帰りの小西さんと同じバスに乗り、同じ停留所で降りて、人通りの少なくなった歩道で追いついて恋を打ち明けたのだった。

 「『お友達としてならおつき合いしてもいいけど、恋人にはなれません』言われた」和雄はそう言って仰向けに寝がえりをうってから胸に手を組み何事かを耐えているかの様にじっと眼をつぶっていた。眉間に縦皺が寄っていた。

 「オレはなあ~」しばらくして和雄が言った。

 「日本人やないんや。日本で生まれたけど国籍は韓国なんや。張いうて、もひとつ韓国名があるんや」

日本に戦前、強制的に連れてこられた韓国人達がいるという事を陽一は何かで読んでいた。小松川女高生殺人事件というのが、陽一が高校に入りたての頃あった。在日朝鮮人で夜間部へ通う高校生が小松川高校の女生徒を強姦し殺害した事件だった。まだ未成年で死刑の適用をするかが議論されたが、結局特例で死刑を宣告され、助命運動の甲斐無く処刑された。その事件は高校生の陽一に強烈な印象を与え、処刑された李珍宇という韓国人の高校生と、獄中の彼を何度も訪れ、文通を続けた女性との往復書簡集を買って読んだ。

和雄の両親がどのようにして日本へ来たのか立ち入った事を陽一は訊ねなかったが、数日して和雄は青いパスポートを見せてくれた。和雄の写真の下に張慶良と朝鮮名が書いてあった。陽一は重い気持ちでそれを受け取って眺めた。

 「日本に帰化するいうても難しゅうてできんのよ」白木が言った。

陽一はその時、日本で生まれ、日本の姓名を持ち、日本の小学校、中学、高校と進み、常日頃、自分とこうして共に汗を流してボールを追う白木が、違う国籍を持ち、日本国籍を申請しても許可されないという事が、なにか信じ難く、途轍もなく不条理な気がした。

  (つづく)

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