« 長編小説 飛龍幻想 34 | トップページ | ラ・ロシュフーコー「箴言」 »

2013年4月14日 (日)

長編小説 飛龍幻想 35

以下の節は別の長編「イカルスの墜落」に使ったものですが、「飛龍幻想」に移転します。


 さながら天変地異に似たあかるみに時計台が浮かび上がっていた。おびただしい機動隊のヘルメットの列が正門の向こうの広場を埋め尽くしていた。機動隊のサーチライト、数えきれぬ新聞社の照明の放列がそれら青黒い隊員の列を照らし出していた。

 シューッという音を立てて吹き上げる白いアーク燈の棒の閃光が無機的な緊張をはらんで渉の眼を射た。きな臭い煙と降りしきる雨の向こうに、非情な力を湛えた海が、待機しているようだった。緊張が凝縮し、一瞬のあいだ時間が止ったかに見えた。隊長の行動開始の命令が低く通った。ガチャガチャと装具の触れ合う音が高まり、隊員達は学生の壁に向かって押し寄せてきた。

 「かえれ。かえれ」という声が潮のように起った。正面からの衝突を避け、渉のいる隊列は横の通用門に向かった。ドッドッという足音と共に、機動隊の分隊が渉たちの到着と同時に通用門前に走り寄り待機を始めた。「かえれ。かえれ」というシュプレヒコールが再び起こった。白兵戦を予想して渉は緊張した。指揮官が白い棒を振り下ろし、先頭の隊員が門に飛び乗り踊り込んで来た。門を乗り越え踊り込んで来る隊員はデモを躱して投石避けの網を抱えながら、建物の脇の狭い植え込みをかいくぐり、本部の方へ走り抜けていった。「つっこめ。つっこめ」という声がデモの後ろから聞こえた。何も起こらなかった。渉たちは石のように大海の外に取り残された。

 方向転換して、本部前広場へ走っていった。すでにふたつの潮がとぐろを巻きながらぶつかっていた。いつの間にか、渉のいるデモ隊は機動隊に両側から挟まれ、正門の方は運ばれていた。隊員の逞しい腕が渉の腰に伸びベルトを掴まえていた。座り込めという叫び声と一緒に渉は田辺と組んだ腕の力を強め抵抗した。

 正門付近で渉たちの抵抗は力を示したかに見えた。ほんの一瞬機動隊との間に力の均衡が生まれた。しゃがみこもうとする渉たちを機動隊員が引き立てた。うしろから来る圧力に渉はあやうく階段を転げ落ちそうになり、前に踏み出したとたん隊列が流れ、あっという間に正門を押し出されていた。もみあい、突き飛ばされながら、大きな潮の流れに乗ったように広い通りを運ばれていった。千メートルばかり走ったあとで機動隊は渉の腰に掛けた手を放した。

 何もない通りを手を繋いで駆けていった。夜明けの透明な光がアスファルトの道を青く照らしていた。雨に濡れながらひっそりと静まりかえっている両側の商店の家並みが疲れた眼に清々しく映った。道を駆け抜けて行く間に出会う、機動隊の青と灰色の車が死臭を放って見えた。

 大学の裏手の小さな神社の境内に逃げこんだ。赤土が雨に濡れ、どぎつい橙色に光って足にまといついた。樹木や草に降りかかる雨が池の上に、霧のようにけぶっていた。「ああ。さっきは死ぬおもいだったよ」みぞおちのあたりを押さえ寄り眼になった眼で田辺が言った。「ほんとにな」濡れて足にまとわりつくズボンの裾を引き剥がしながら疲労でかすれた声で渉は答えた。

  (つづく)

|

« 長編小説 飛龍幻想 34 | トップページ | ラ・ロシュフーコー「箴言」 »

小説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1025232/51218559

この記事へのトラックバック一覧です: 長編小説 飛龍幻想 35:

« 長編小説 飛龍幻想 34 | トップページ | ラ・ロシュフーコー「箴言」 »