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2009年8月 6日 (木)

閉じ込められたトラ

投稿者:そうりん亭ジャーナル「りゅーらる」:http://www.sorintei.com

いつもならキッチンのガラス戸をガリガリ掻いて中を覗き、開けてくれという顔を見せるのだが土曜の夜、そして日曜の夜もトラは姿を見せなかった。

Storabuvant2c 八ヶ月間行方不明になる前から、トラには本宅があり、ウチは別宅と解っていた。時々姿をくらまし、脚は泥だらけ、白い胸毛を真っ赤に血で染めて飛び込んでくるなりガツガツと飢えを満たすことも何回かあった。

たいていは週末、土曜と日曜は、姿を現さなかった。妻はトラの主人がサラリーマンで土日は家から出さないのだろうと推理していた。トラの生家は我が家と路地を隔てたお隣で、いつぞやお隣のご主人と奥さんに、トラが小さい時、町内の誰にあげたのか訊いたのだが、勝手に出て行ってしまったという返事だった。

車に刎ねられたか毒を盛られたか、てっきり死んだものと思い込んでいた八カ月の後、突然トラが戻ってきたことは以前このブログに書いた。喧嘩を買って出るほど威勢のよかったトラは、去勢されてすっかり怖がりネコに変貌した。朝ウチへ来て食事をし、日がな一日寝ていることが多くなった。

妻はオス猫は元気が良すぎると喧嘩で傷だらけになるし、特にトラは近所の牧場などへ出かけて首の周りにチックというダニの化け物に吸いつかれたまま戻るので飼い主が外へ出ないよう去勢したのだろうと推理した。

去勢されトラはどこか寂しげで、我が家の居心地が良いのか次第に夜もウチで寝るようになった。昼寝をして夕方起き出すと元気が出て、庭に棲むツグミを狙ったり、掃除をしている妻や私にじゃれついたりする。特にヒモの類が好きで1メートル近くもジャンプする。

その日、金曜日の夕方のことだが、起き出したトラは庭先に座ったまま思案顔で、これからどこへ行こうかと迷っている様子だった。私たち夫婦は買い物から帰ったばかりで、車にはまだ降ろしきっていない荷物が積んであった。

車で出かける私たちを、毎回、トラは遠くから前脚を行儀よく揃えて見送るのだった。クロも昔よくそうして出かける私たちを寂しげに見送った。

トラの遊び相手になってやろうと近づいた瞬間、身を躍らせてトラは植え込みの下へ身を隠した。そして、そのまま姿を消してしまった。

その3日ほど前、右前脚を3センチほど皮がそげ
が見えるほど怪我をし、妻が骨に細菌が入ると大変だと心配して10km先の獣医さんのところへ車で連れて行った。自然の中で育ったネコにとり車で移動するなど想像を絶する体験に違いない。恐怖以外のなにものでもないかもしれない。

走り去る風景を見ながらトラは悲痛な鳴き声をあげ、犬がするように口を開け舌を出して、ハッハッハッハと切迫した呼吸をした。獣医さんは、それはストレスのためだと言った。抗生物質を注射してもらい傷は治った。

トラの姿が消えたと頭の隅で感じながら、私は車に残った買い物の袋を両手に提げ家に運び入れた。その日の天気予報は夜、激しい雷を伴う夕立で、すでに遠雷が聞こえていたので、車をシートで覆った。

月曜の午後になっても
トラは姿を現わさない。こんどは週末だけでなく、ちょうどバカンスへ出かけようとしているところへトラが戻ったので、そのまま車に乗せ、バカンスへ連れて行ってしまったのだろうと妻は推理した。

そうとでも解釈しなければ、あれだけウチに居着く様子を見せていたトラが姿を現さないのが理解できない。
私は妻に言ったものだ。

「金曜の夕方、トラはどこか思案顔をしてたね。飼い主がバカンスへ出かけるのを知っていたのかな?自分も行こうか、どうしょうか、なんて考えてたのか。それにしても、タイミングよすぎるようだ。」

月曜の夜は翌朝回収に来るゴミ箱を門の外へ出す。最近は野菜クズなど自然分解するゴミと分解しないゴミを分け、分解するゴミは澱粉から作った袋に入れて出す決まりになっている。

プラスチックの小袋に仮に入れておいた野菜クズを、分解する袋に詰め替える作業を門の中でやり、ゴミ箱を門の外に出した。庭を戻りかけた時、ふとネコの鳴き声を聞いたような気がした。隣の家から聞こえてきたような、
どこか遠い、感じがした。

隣は現在空き家同然で雌猫が3匹とクロが出入りし、家主が時々餌を与えに来る。Skurosouboisc だが、夜猫の鳴き声を聞くのは初めてだ。ドアにはネコ用の出入り口が切ってあるので、そこからクロが出てくるか見たが猫の影はない。

鳴き声は続いている。不審に思い耳を澄まし、はっと気がついた。そうか、車の中だ。車は3日間使わなかった。私は、突然ネコの死骸をイメージした。大急ぎでシートを剥がした。中で救いを求め動いているのはトラではないか。

丸3日間トラは車に閉じ込められていた。飛び出すと狂ったように庭を走り回った。走る元気はある。家に入っても走り回った。
トラが最初にしたことはネコのトイレを使うことだった。3日間我慢していたのだ。庭は暗いし、それよりも確実で清潔なネコ用トイレを使ったのには驚いた。

妻は、車の中じゃしていないよ。ボクは清潔だよとわれわれに見せるためにトイレでしたのだと言うが、それはどうだか?

ともかく、あれだけ怖がっていた車に上がり込んでしまったトラ。まさか、車に乗り込んだなどと想像もできなかった。シートを被せるとき、そんなことを考えもしなかった。

最初の晩は雷が鳴った。翌日から暑くなった。その車に飲まず食わず、トイレも行かず3日間閉じ込められていた。太めの腹がへこんでスリムになった。左上のバケツから水を飲むトラ
の写真は、事件の3日前に撮ったもので腹が出ている。

ネコの寿命を18年とし、人間の90歳に換算すると、
5倍の時間差になる。ネコにとっての3日間は人間の15日間にあたる。

トラが車に閉じ込められて過ごした時間はどんなだったろうと想像する妻に、私は、「ちょうど軍隊なんかで懲罰に狭く暗い小屋に閉じ込めるじゃない。あれを15日間やられたと同じようなもんだろうな」と言った。

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2009年5月11日 (月)

帰って来たトラ

投稿者:叢林亭:http://www.sorintei.com

3月13日夜11時ごろ、いつものように台所のガラス戸を開け、寝に帰って来るはずの「クロ」を呼んだ。ガサ・ゴソっと暗闇で植木の葉ずれの音がして、灰色のケモノが突進してくるのが見えた。はじめ、隣の雌ネコかと思った。鼻面と胸、四つ足の先が白い。近寄るにつれボリュームがずっと大きいとわかった。

猫は両開きのガラス戸の間から顔を突っ込み、ためらわず室内に入ってきた。隣のTorajardin2cadre メス猫なら考えられないことだ。勝手に入られては困るので、ネコの胸元に手を当て、侵入を停めた。ネコは顔をあげてこちらを見た。

「トラあ!」誰あろう、それは、死んだと思っていた「トラジ」ではないか。
「トラジーい!・・・オマエかあー!・・・もどってきたのかあー・・・」
思いがけない再会だった。車にハネられたか、毒を盛られて殺されたか、猟銃で撃たれたか。いづれにせよ、あれほど毎日何度も姿を現し、エサをねだり、昼寝をし、夜も泊っていったトラジがぷっつりと姿を見せなくなり、町に出るたび、どこかで見かけるのではないかと探したが、道を歩く影さえ見かけなくなってしまっていた。

去年の七月、クロが居つくようになり、二匹がハチ合わせすると、どっちかが唸り声を挙げ、あわや取っ組み合いの火花が散る寸前に両者を引き離して隔離し、どうにか和平工作を繰り返してことなきを得ていた毎日。ある日、家内がトラを抱こうと手を触れると「ぐうー」と低い唸り声を発し出て行ってしまった。それきり、ぱったり姿を見せなくなってから八か月が経っていた。

トラの身の上にもしや不幸がと心配するカミさんに、飼い主がどっか他の町に引っ越したんだよと慰めていた。
「帰ってきたぞ・・・。トラが・・・。」すでに床に入っていたカミさんに、トラの無事な姿を見せようと抱いて二階に上がったのだが、どちらも予期せぬ出来事にきょとんと眼を丸くして見つめあっていた。仔犬なら尻尾を盛大に振り、顔をなめまわして喜ぶところだが、猫は尾をぴんと立て、顔や胴を擦りつけて喉をゴロゴロと鳴らす。僕にはトラが笑っているようにも見えた。

「やっぱり飼い主が、どこかへ一時的に引っ越ししてたんだな。来たくても来れなかったんだよ。」自分がクロを家に入れたことがトラの嫉妬と怒りを買い、以来姿を見せなくなったと自責に駆られていたカミさんを慰めた。

犬は何百キロと離れた飼い主を探り当てるという話をよく聞く。トラには疲れた様子は見られなかったので、飼い主と一緒に戻ってきたらしいと推測した。

翌朝、カミさんと僕は悲しい発見をするハメになった。トラの両後脚の間にあった丸い玉がすっかりしぼんでしまっているではないか。
「トラは去勢されてしまったんだね。」
「カワイそうに。こんなキレイなネコの種を断つなんて。残酷だわ。」
カミさんは、ほんとうに悲しいらしく涙を流し始めた。

オス猫は、いつでも家を跳び出して3・4日帰ってこないから、飼い主が獣医の勧めに従ってタマを抜いてしまったんだろう。このほうが、ケンカもせず、ネコのエイズにもかからず、長生きするって獣医も言ってたし、かえってイイかもよ。涙ぐむカミさんに慰みに言った。

Torapannier1 それからは、また毎日トラはウチに出入りするようになった。いや、前にも増してウチに居る時間が長くなった。夜出ていった場合は、朝ドアの前で待っていて、窓の鎧戸を開けると「ニャオ」と挨拶する。

八か月もの不在のあいだ、ウチのことが忘れられず、町に戻ってくるや、飼い主(もはや飼い主はウチで、その方は名のみのオーナーというのが正解か)の家を抜け出て、真っ先に駆けつけたのか。

そこまでウチが気に入ってくれてたのかと思うとまんざらでもない気がするが、オーナーが誰なのかわからないのが気になる。流感のワクチンを去年打ったのだが、一年後にもう一度打たなければ効き目がないというので、クロを連れて行った時に獣医さんに訊いてみると、「他人のネコにまで予防接種してやることはないじゃないですか」とあきれ顔をされた。ついでだと思って、オーナーを知りたいので、これこれこういうネコの去勢手術をした覚えはありませんか?と訊いてみた。獣医さんは、「わたしは数えきれないほどの去勢手術をしてるけど、いちいちネコの顔を覚えてなんかいない。飼い主の名前がわかんないとダメ。」と言われた。

トラの後にウチに来た「クロ」は、トラが居なくなった間、すっかりウチの主になって、ワガママ放題。しかも青年期の盛りで、エサを食べる時間ももどかしく、近所のメスネコと寄ってくる5・6匹のオスネコの動向が気になるらしく、食べると早々に出て行き、夜も帰らず、疲れきって朝帰りすることが多くなっていたが、兄貴分のトラが帰ってきたので、ますます、遠慮がちに、ほんとうに腹が減った時しか、戻らず、ガツガツとエサを呑み込むと、またそそくさと出て行く。

喧嘩があると買って出るような侠客「幡随院長兵衛」みたいな風格のあったトラはすToracouchecadre っかり女性的になってしまい、寝てばかり。いつぞやの小説で書いた小池君が、50年前の高校の屋上でやってみせた、ポツダム宣言を受諾した帝国日本が「コレされちゃったんだ」と手刀を股の前で振り下ろす仕草を想いだす。

「こんな美男のオス猫のタネがなくなるなんて。」とトラの遺伝子が絶えてしまうことをカミさんは相変わらず嘆く。クロはクロで食欲も忘れるほど、近所の愛猫の尻を追っかけ回し、ホテイさんみたいに太っていた腹が、腰骨が浮いて見えるくらいに痩せてしまった。鼻を突き合わすたんびに、牙を剥いて敵意を露わにしていた二匹が、どうやらお互いの存在を認めはじめたらしく、冷たい篠つくような雨が降っていた今朝、一緒に入ってきて、クロの方が少し遠慮がちではあるものの、仲良く並んで餌を食べ始めたのには、カミさんと顔を見合せて笑ってしまった。

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2009年1月26日 (月)

トラとクロ その2

投稿者:叢林亭 : http://www.sorintei.com

東京滞在中に上野で「藤田嗣治展」を観る幸運を得た。この名前ばかり有名で実態があまり知られていない画家への認識を新たにし、やはり偉大だと敬意を抱いた。デッサン力がすごい。白い陶器のような肌の裸婦と猫を沢山描いた藤田だが、優しく優雅で家庭的な反面、野性を保っているところが面白いと猫(と女性)の二面性について言及があり、実に本質を突いていると感心した。

Kuroetseri2copy トラに比べてクロはやんちゃで人懐こい。どこか爬虫類や芥川龍之介が描いた河童みたいな印象を与えた。シッポが銛の形をしていれば小悪魔そっくりだった。大きくなった今でもクロにはどこか甘えん坊なところと野性的なところがある。そのうえ、怖がりで食いしん坊で怠け者で、都会派の退廃貴族的な一面を持っている。Kuroetoiseau2

黒猫は凶を齎すからと忌み嫌う人が多いらしいが、アラン・ポーが好きだった僕は、むしろ、その神秘的な気配に魅力を感じた。彼の傑作短編「黒猫」に魅せられた人も多いだろう。

トラは田舎の野武士みたいで、昼寝していてもガバッと即刻目を醒ます。撫でてやると「ご飯ですよ」の合図と勘違いし、跳び起きて、餌の皿に急行する。いちど、二階に寝ていて、庭で数匹のオス猫が例の白の雌ネコにラブコールを放った。家に籠りがちで病的なまでにネコ嫌いの白はギヤアーと無粋な悲鳴をあげた。

「なんだ なんだ。けんかか・・・。」二階に寝ていたトラは 悲鳴を聞きつけるや どどっと階段を駆け下りてきて 踊り場の窓から 腰と肩をいからせ 鋭い目つきで 庭を 見下ろした。まるで ネコ同士のイザコザはオレが仲裁してやる。喧嘩ならマカシトケみたいな表情だった。

しかし そのトラも 三匹のメス猫は苦手らしかった。三匹が前からこの家の住人だったこともあるが 美人ネコは トラには年増だし、一番年下のネコは幼すぎる。シロネコがちょうど 同年齢だが、これがちょっと病的なネコギライ。下の庭のリラの木にトラがいちど三匹のメスネコに追われ、這い上って逃げたことがある。

Img_2402 トラには少し大きめのパニエ(寝床)とケッス(プラスチック製の箱で、中に顆粒状の吸湿剤を入れたトイレ)を買ってやった。大いに気に入った様子で楕円形の縁一杯に四肢を伸ばしたり、仰向けになったり、寛ぎきって寝ていた。目を醒ますと、後ろ脚を一本ずつ伸ばして、ストレッチをしてから出てゆく。スポーツ選手そのままで可笑しかった。

足もとにじゃれついてくるクロはまだよちよち歩きの子猫で、はじめは二日に一回くらいしか顔を合せなかった。そのうち夜など窓の下に来て、入れてくれと鳴くようになった。トラが居ることだし、最初は入れてやらなかった。その頃はまさかクロが三匹のメス猫と同じ家に棲んでいるなど、想像もしなかったので、てっきり迷い子か捨て猫だと思っていた。ある晩、あまりに執拗に鳴くので、とうとう根負けして家に入れてやった。

藤で編んだ小さな丸い籠を見つけると、その中へ入り丸くなって眠るようになった。トラが帰ってくるたび、クロを書斎に避難させていた。クロも承知らしく、おとなしく書斎のソファで寝ていた。Pannier3

クロが来たことで知った猫の習性がある。毛布などのフカフカした敷物の上に乗ると頭を下げ真剣な表情で前脚をオイチニオイチニと交互に踏むのである。まるでブドウの収穫のあと樽に詰めた房を足で踏むように。また牝牛の乳を絞る時のように。幼い猫は母猫の乳房を両手で交互に押えて乳の出を促すのであろう。その記憶が習性として残っているようだった。柔らかい布団や毛布の上でひとときその動作をセレモニーのように続けた後、押さえた場所を中心にぐるりと一回りしてから横たわるのだった。この習性は成長して六キロ程にも大きくなった今も変わっていない。

クロの特徴は子猫の頃から驚くほど大きな音で胸をゴロゴロと鳴らし満足感を表現することだった。鳥のように喉の奥でグルルーと鳴いたりした。

トラとクロが共棲するかと思われる時期が半年ほど続いた。

Kurojeunecadreクロはたちまち大きくなり ふらふらしていた脚腰もしっかりし あどけなさを残す若ネコになった。

木登りが得意で カミサンが 遊んでやると 近くの木に 駆け上った。Surpomcadre2

「みて みて。ぼく こんな 高いとこまで のぼれるよ。」 ひょうきんさに カミサンが喜んで 手を叩く。 ますます 調子に乗って 上へ登り 降りるのがむずかしくなったりした。

クロは歩いているとよく、人の踝を両方の前脚を丸くからめ掴まえて遊ぶことがあった。前脚を器用に使うのだ。おもちゃのリスやネズミの縫いぐるみを両手で抱くように抱えて遊んでいた。そのくせ、歩くときは、まるでパリコレのマヌカンみたいに、後ろ脚と腰を振りながら歩く。小鳥や他の猫を見つけては頭と肩を下げ、地面を這うように、すり足で近寄ってゆく。「Ninja」って名もいいな。 カミサンと名前について話した時、「忍者」がいいとも言った。

できればトラと末永く共棲してほしい。そうカミサンも思ってることが解っていた。しかし、正直なところ夫婦ふたりが食べて行くだけでも精一杯なのだから、エサ代や医療費が心配だった。トラは飼い主がいるようだし、クロは孤児みたいだから、飼うとしたらクロか? いや、やっぱりトラの方がいい、と迷っていた。どちらかを追い出すことなど出来ず自然に任せるしかないかと思っていた。

トラジと対で「クロジ」がいいか。名前を考えた時、夫婦で始めた民宿、B & B、ゲストハウスが「黒字」になってくれればいい。凶を持ち込むかもしれない黒猫が福を齎してくれるかもしれない。そんな「験」をかつぐ意味も込めてふたりで「クロジ」と決めた。普段は、最初、呼びやすい「チビクロ」。そして今はただの「クロ」である。

Kuromatatabi クロに思春期が来て、昼夜メスネコを探して出回り食事も喉を通らない日々が続いた。げっそりと瘦せ細り、たまに帰ってくると、熱があるらしく四肢をブルブルと痙攣させていた。札幌の安田君が送ってくれた「マタタビ」を与えたところ、はじめは興味を示さなかったが、やがて熱中し、前足で抱き抱えて齧るようになった。それから数日後には食欲も回復し、恋煩いもすっかり治ったようだった。  

 高い所から跳び下りた拍子に足に釘を刺しビッコをひいていた。獣医さんに麻酔を注射され手当てしてもらったが、麻酔で足腰が立たなくなった状態から必死で起き上がろうとする様子にクロの生命力の強さを感じた。それから二週間と経たないうちにまたビッコをひきだした。こんどは足の裏のクッションとなる膨らみが裂け出血していた。

こんなふうに何度も獣医さんのところへ連れてゆくうちに、憐みんから発した情が育って、すっかり家族の繋がりができてしまった。

クロはトラを、はじめのうち怖がり、尊敬もしているのか近くを通る時も遠慮がちに壁際を歩いたり、トラが餌を食べる様子をテーブルの脚の陰に隠れて見ていたり、バリバリ音をたててキャッツフードを食べる様子に驚きの目を見張っていたのだが、次第に度胸がつき、ある日、トラが餌を食べている背後から忍び寄り、鼻をつけて尻尾の匂いを嗅いだ。トラが牙を剥いて怒ったのは、この時が初めてである。

それからはトラはクロを意識しだし、自分の牙城が危険にさらされてToraetkuro3いると感じ始めたらし い。カミサンが近寄り手を出すと、腹から唸り声を発して怒りを表明するようになった。

そして、とうとう、ある日、トラが見ている前でカミサンが台所のガラス戸を開け、クロを入れてやると、グウウウと唸り声を残したまま出て行ってしまった。それから半年以上経つが、トラは姿を見せない。

飼い主が引っ越しして連れて行ってしまったんだろうとか、車に轢かれてしまったのかとか、畑や牧場にはネコ嫌いが居て、猟銃で撃ったり、餌に毒を盛って殺してしまうという噂があるから、もしかしたら、死んでしまったかもしれないね、と話している。

野原や牧場を歩き回るのが好きだったトラは、いつも首の周りにチックと呼ばれるアヅキ大のダニの化け物みたいな虫をぶら下げて帰って来た。チックは秋口の枯れ草のなかに居て僕も刺されたことがあるが、そのまま抜き取ると銛のような形の針が肌に残ってしまう。乙型をした小さな釘抜きみたいなのに引っかけ回して抜くのだが、首のまわりを探りながら抜いてやると気持ち良さそうに眼を閉じてじっとしていたトラの姿が懐かしい。

今はクロだけが日に何度か出入りした後、夜遅くに台所のガラス戸をカリカリと引っ掻いて開けてくれと合図をし、夜食を食べたのち、眠りに就く。明け方の四時頃、枕元へ来て、喉の奥でか細く鳴き、ペットの縁に爪を立て引っ掻くので僕が起きることになる。トラはかなり大きな声で鳴いたが、クロは明瞭な声では鳴かない。

まだ暗いうちに、庭に隣接したとトタン屋根に眠っている三匹の雌猫に会いに行くのだ。三匹とも実は不妊手術がしてあって、いくらクロが口説いたりモーションをかけても反応がゼロなのだ。それどころか白とチビには牙を剥かれ引っかかれたりする。年上の猫とは一番仲が良い。カミサンはクロが病気になったのは不妊手術がしてあるとは知らずに三匹の雌猫を追い回したお蔭だと言った。

クロの都会児的な振舞いから僕とカミサンはてっきりパリの人が車で連れて来て、途中家から抜け出て、うちに迷い込んだに違いないと話していた。ところがトタン屋根の家主のセバスチャンが語るところによれば、田舎道で足もとにじゃれついてきたので拾ってきたのだという。三匹の雌猫と同じ家に飼われ始めていたのだ。

Toraji1 トラはそのことを知っていたのだろう。庭は三匹の雌猫のテリトリー。でも、この家の中は俺の牙城だと信じ幸福そうだった。それが、信頼していたマダムが手づからクロを入れたのだ。カミサンが「トラがわたしに向かって唸り声を挙げる」と不思議がっていた訳だ。信頼を裏切られ一人だけの城を侵され悔しい唸りを挙げながらクロと争いもせず、自分から出て行った。トラは体は逞しく気持ちの優しい猫だった。

投稿 : 叢林亭 :http://www.sorintei.com

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2009年1月23日 (金)

トラとクロ

投稿者: フランスは ピュイゼ のB & B : 叢林亭 http://www.sorintei.com

先週は、いよいよ笛作りの準備に作業箱を作った。そして「篠笛第一号」の制作にとりかかった。

Box1 唄口と指孔の位置を決め、錐とドリルと切り出しナイフで小さな穴を開け、管の内側にカシュー塗料で下塗りを施した。細い竹の先端に布切れを巻きつけ筒内の塗布用の棒も三本作った。

笛のカシュー塗料が乾くのを待つ間、トラとクロについて書いておこう。去年の今頃までは二匹いた猫のことである。

今回の東京滞在は18日間だった。初めの一週間はフランスのことなど考えずひたすら東京の下町を歩き回り、庶民の味を楽しんだ。二週目の中頃から、ふいに家内の顔とクロの姿が目に浮かんだ。

台所のガラス戸を開けると腹を空かせたクロが全力で走ってくる。仔犬みたいに見える。その一心不乱な姿に愛しさを感じる。ブログとホームページにクロの絵を使った。写真よりは絵の方が生き生きとした感じが出るのはなぜだろう。

本名は「クロジ」という。そのいわれを語るのに二年ほど遡ろう。

ここへ引っ越した当初、庭に随時、5・6匹の猫が出入りしていた。どこの家の飼い猫か野良猫かも見分けがつかなかったが、しばらく経つうち、うすうす見当がつきはじめた。猫たちは、家の庭に用足しに来るのである。猫は犬と同様テリトリーの標に尿を掛ける。その臭いはかなりきついので、見かけ次第、小石を投げて追い払っていた。

中の三匹は前の家主の飼い猫で、家主の若夫婦は二キロほど離れた畑に広大な土地を買い、Gite rural を始める計画で、何軒かの建物を建てた。まだ、うちの庭に接した小さな土地にトタン屋根の家を持っていて、去年までマドレーヌという 94歳になる婆さんが独りで住んでいた。養老院に入るのを嫌って家族とも離れ独り暮らしをしていた。彼女は腰を悪くしていたが、言語明晰で驚くほど元気だった。去年の春、夜中に転んで、ひとりで移動が困難になり、遂に養老院に入らざるを得なくなった。家主のセバスチャンは若い間借り人に貸す積もりらしく、毎日内装工事をしに来る。

「猫は土地になつくから」と若奥様のクリスチーヌが言い訳のように言い、マルチーズ二匹だけ連れて行き、三匹のネコは置いて行ったのだった。

後で三匹は姉妹とわかったのだが、一番年上が美人で丈夫、霜のおりた寒い朝も負けずに庭を検証に回る。一番年下は、夏の間、丈高くなった草の窪みでいつも昼寝をしていた。真ん中の白猫は病気なのか家に籠りがちで、ネコ嫌い。他の猫が近寄るとギィヤーとけたたましい悲鳴をあげる。

そうした三匹とトラは一緒に居た。というより、向かいの公園から、うちの庭を縦に突っ切って路地側の中庭の奥にある、元「救急車の運転手」の家へ寄っていたらしいのだ。

いつも悠然と歩く。最初見たころは、やせ細って、ゆっくり歩くので、のろまじゃないかと思った。一度、投げつけた小石が脇腹に当たったが、平然として、のっそりと歩き続けた。他の三匹の雌猫なら、一目散に裏口の、ネコドアから、家に駆け込むところだが。

ある日、トラが野鼠をくわえ、早足で庭を横切った。がりがりに痩せていたので、ひもじい思いでネズミを捉えたのだろうと不憫に思った。カミサンに満足に餌をもらってないようだから何かあげようじゃないかと、その日から、、ハムなど、あり合わせの肉類やスーパーで買った安い鶏のキモだのを与えた。適量を知らなかったので一度に大量の生レバーを与え全て食わしてしまったことがある。「ウワーウ、ウワーオ」とその日の夕方、大声で泣き叫び、カーテンの裾にレバーを嘔吐した。

その日以来、少しはネコについて学び、キャッツフードという便利なものをスーパーで売ってることも知った。トラはウサギの入ったのが好物で、バリバリ盛大な音を立てながら食った。

Tora1 若いトラは痩せて脚が長く美貌だった。てっきり雌猫とばかり思い込んでいた。顔と胸元が白く、口のあたりがピンク色で色気があった。歩く姿がいかにも優雅なので「ミス・サンファルジョー」と呼んでは喜んでいた。青味がかった灰色の縞模様の入ったトラネコで、胴が長くエジプト猫の血が入っているのかもしれなかった。吊り上った金色の眼が大きく黒く縁取りがあって妖艶な感じがした。「ブリジット・バルドー」だねともカミサンに言った。

成長するにつれ、後ろのタマが膨らみ、前脚も湾曲してガニマタになった。その代わり、体全体が引き締まり、筋肉質のアスリートな体格になった。2メートルはある門扉に軽々とひと跳びであがる。

Tora3はじめのうちは週に二三度寄るだけだった。そのうち餌を食べた後昼寝をするようになり、夜も泊ってゆくようになった。眼が光に敏感なのか前足で隠して寝ていることがよくあった。

やがて冬が来た。風邪をひいたらしく台所のガラス戸から入ってくると椅子に前脚を折って座り、苦しそうな息使いをしていた。全身の毛がけば立ち、薄眼を開けてこちらを見ているではないか。苦しいからどうにかしてと訴えられてる気がした。カミサンは僕より憐ぴんの情が濃いから、すぐ獣医のところへつれてゆこうと言う。この村に獣医はなく、10キロ離れた隣村まで車に乗せて行った。

獣医さんによれば、野原や牧場にはネコに大敵の風邪のヴィールスが蔓延しているという。猫にとってこの風邪は重病なんだそうだ。ネコのエイズもあり、特に牡猫は喧嘩で得た傷口からエイズが感染して死ぬことがあるという。ワクチンの注射を奨められたので打ってもらった。来年もう一度打たないと真の効き目がでないらしい。

こんな風にしてトラは次第にうちの住人になるかのようであった。二晩、三晩と連続して泊ってゆくようにさえなった。明け方に出してくれと小さく鳴き、枕もとに来て手で顔の近くを叩いたりした。こっちもトラがその気なら飼いネコにするつもりでいた。

しかし、二三日泊ってはフッと居なくなる。また数日空けてはフラッと現れる。まるで「寅さんだね。」と僕は家内に柴又の「寅次郎」の話をした。子供のころ耳にした朝鮮の民謡の「トラジ」も蘇った。トラジは桔梗の花のことだそうだ。色っぽい顔を桔梗に見立ててもよし、トラネコだし、平凡だけど簡単だから「トラジ」がいいかとカミサンの承認を得て、命名した。

近所の牧場に狩りに行くようだった。雨の日など脚から腹にかけて泥だらけにして帰ってくることがあった。二日ほど姿をみせなかった後、遠出をしてきて何も食べていなかった様子で、上がり込むなりエサの皿に顔を埋めて貪り喰った。どこかで宿敵と決闘したのか鼻頭に引っ掻き傷をこしらえ、良い形の耳が裂け、白い胸毛を鮮血で汚して飛び込んできたりもした。

朝、寝ているうちから、窓の下へ来て、鎧戸の外からニャアオとはっきり通る声で鳴くので二階からもよく聞こえた。昼まで寝て、午後にはどこかへ帰る日が続いた。カミサンの観察によると、来ない日は大抵が日曜日で、飼い主が勤めに出ず家に閉じ込めるから、来たくても来れないのだろうと推察した。

Torafacecadre 耳に刺青で住所と電話番号を入れると飼い猫になるのだとカミサンは言う。異存はなかったが、やはり気になるのは、トラにはほぼ間違いなく他に飼い主が居るということだった。元「救急車の運転手」の家には雌猫が居て、いつも数匹の子猫を産む。どうやら子猫を知り合いに別けてあげるらしいのだ。トラもそこで産まれ、誰かに貰われたらしい、とカミサンと類推した。そうなら飼い主と話をつけてから耳に刺青をしなければならない。どうやって見つけるか。元「救急車の運転手」さんに聞けばいっぺんでケリがつくのに、対人恐怖症の気があるカミサンは、あの男にはいっぷう変わった気配があり、近づきになるのが嫌だという。ふたりしてトラの出て行った跡をつけることまでした。

クロが現れたのは、こんなふうな時期で、もう少しでトラがうちの住人になるといった頃だったのだ。ちょうど門の工事を始めた6月の初めだった。庭の隅に屋根の吹き替え工事に使ったスレートの切れ端の黒い山があった。もうじき作る予定のガレージの屋根を葺くために取っておいたのだ。

その黒い山に二つの金色の丸い眼だけが動くのが見えた。かさこそと音がすると、黒い小動物が横のリラの木にパっと跳びついてよじ登った。とたんに、どさっと音がして小動物は黒い山の中へ落ちた。近寄ってみると仔猫が這い出てきて、足にじゃれついた。まだ生まれたてで、後ろ脚もおぼつかず、よちよち歩きだった。それが、クロとの出会いだった。

投稿者: 叢林亭: http://www.sorintei.com

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