陶芸まつり-19日にテキスト追加
投稿者:そうりん亭ジャーナル「りゅーらる」:http://www.sorintei.com
昨日、6月14日は、ここから10km離れた隣村、サン・ソヴール(Saint-Sauveur)で陶芸祭りが開かれた。この村は、20世紀前半の女流作家コレットの生まれた村で、今も生家と記念館がある。
陶芸祭りが行われたのは、村の入り口にあるラ・バテイッス(La Batisse)という18世紀に造られた大きな窯を持つアトリエとその庭。時折しぐれが走る曇り空にかかわらず、週末を田舎で過ごす人たちで賑わった。
日本の益子で開かれる「陶芸フェステイバル」とは比ぶべくもなく、実にこじんまりしたものだが、家族的な雰囲気があってとてもよかった。
若い陶芸家たちが創作陶器を並べたスタンドも5・6軒しかなく、不景気のせいで買う人は少ない。
むしろ、子供たちが粘土をこねて遊ぶ体験コーナーだとか、中国人陶芸家の指導で、肉厚の大きな鉢を作る人たちの実演コーナーが面白かった。
右は若い女性陶芸家のスタンド
左は木立の間に緑の傘をかざしたもうひとつのスタンド
このあたりは北ブルゴーニュのピュイゼと呼ばれ、粘土が採れる。もちろん土器の製作は先史時代から、人類の最も古い制作活動のひとつで、クロマニヨン人の時代からあった。
この地域の陶器生産は14世紀から盛んになり16世紀には、パリや周
辺都市への陶器供給の主要な生産地として栄えた。最盛期は60を超す窯があったという。
右は18世紀に作られ史跡に指定されているラ・バテイッスの平窯(登り窯と違って平 らな地面に造られfour couché と呼ばれている)。内部の壁の面はでこぼこで、分厚くかけた釉薬が焼け溶けてガラス状になっている。
左の写真は、中国風の肉厚甕の制作に余念のない女性
ここで一休み。スポンサーに顔を出してもらいます。
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16日にここまで書いたのだが、どうも写真の座りが悪いので、テキストを追加します。
クロマニヨン人の時代よりもっと遡ると、この辺は海の底だった。40kmほど東のヴェズレイの近くまで行くと、ヨンヌ川の畔には、5・60mほどの高さの岩がむき出しの崖が連なっている。石灰岩の崖で、1億5千万年前のジュラ紀に形成された。
このことは「めのお」のホームページの「近隣の見どころ」にもちらと触れた。
http://www.sorintei.com/Voisinage/voisin2.html
ヴェズレイの丘の下を流れているのはヨンヌ川の支流のキュール川で、アルシイ・シュル・キュールという場所に大きな鍾乳洞があって中を見学できる。太古にはこのあたりは温かい海の底でサンゴが大量に生息していた。付近にサンゴの化石が出土する。もちろん採集は禁じられている。
石灰石はサンゴの死骸が堆積して出来たものらしい。最近は地球の温暖化でサンゴの生態系が変わり死んでゆくサンゴがあちこちで観察されるという報道を目にするが、太古にも大がかりな気候の変化があったのだろう。
ブルゴーニュはこの石灰石でも有名なのだ。石材を今も切り出している石切り場がある。淡いグレーを基調として青味がかったのや赤みがかったのがある。建材として床に敷かれ珍重されている。
アートの世界では、この石はリトグラフの版として使われた。石版画と呼ばれる所以。最近は天然産が貴重になり合成の版に代わられているようだが、東京都が神奈川県に食い込んだ町田市にある「国際版画美術館」所属のアトリエには大小様々のサイズの石版が棚に並んでいる。天然産と見受けた。
話が跳んでしまったけれども、陶芸祭りで若いアーチストたちが、訪問客のいないスタンドの背後で所在なさそうにしているのを見て考えさせられた。不景気になると個人の創作活動など二の次にされてしまう。
お祭りの日には人出で賑わうが、普段はひっそりとしてさびれゆく一方の気配漂うこの田舎に、なんの縁があってか、引っ越して来た時、「村おこし」のようなことが出来ないかと考えたことがある。
最盛期には60近くあったこの地域の窯も、現在残っているのは2・3箇所しかない。20km離れたサンタマンSaint-Amandにはレンガ造りの窯が残っているが1960年代を最後に火が落とされた。
この辺の粘土は土器が作れる程度の品質かもしれないが、陶磁器といえばセラミック。ファインセラミックはハイテク産業。車のマフラーにも使われて排ガスの浄化にも役立っている。
調べてみるとファインセラミックは工業製品の中で最も高価な素材でグラムあたり何万円もする。それだけ設備投資が要る。工場も大規模になるのだろう。この辺の住人はあるいは、そうした産業化を欲していないのかもしれない。
昔ながらの製法の伝統工芸に人々は郷愁に似た愛情を覚えるのだろうか。個人がそこに付け加えることができるのは意匠、デザインくらいだろう。しかし、それでも現代社会の産業組織に異議を唱え、中世のギルドによる生産と消費の仕組みにこそ真の人間的な価値があったと信じる人は多い。
柳宗悦と濱田庄司は民芸の運動を起こした。柳宗悦は銘が入った有名陶芸家の作品よりも無名の職人たちが「分業」によって大量に作った昔の茶碗や皿にこそ本当の「美」があることを繰り返し主張している。
「民芸」運動についてはいつかまた触れたい。
以上が追加の記事です。
この日はアトリエも公開され、写真も自由に撮らせてくれた。
祭りの日も制作に励む女性陶芸家がいた。
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